第2章

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 握手を交わしながら、晴行はすっかり感心してしまう。なるほど、人の上に立つ器というのはこういうものか。自分だって、風間の部下としてならば普通に会社勤めをしたいと思うかもしれない。 「風間さん、本当にありがとうございました」  玄関口で、塁が長身を深く折って礼を言う。 「なあ槻橋。楽しくやれる仕事があるってのは、めったにない幸せだぞ」  低く下げられた塁の頭を、風間は玄関口でぽんぽんと叩いた。  可愛がっている後輩に接する態度として少しも違和感のない、ごく気安い仕草だ。それなのに、なぜか晴行はひやりとした。  うかうかしてると横取りされちゃいますよ、という冗談めかした麻紀の言葉が、耳の奥で甦る。晴行はほとんど反射的に、隣に立つ塁の肘に手を伸ばしかける。  そのとき、まるでそのタイミングを見計らってでもいたかのように、風間が晴行の方に明るい笑顔を向けた。 「そんな風に槻橋が楽しく働けるのも、社長の岡島さんのおかげだろ。いい仕事してそれに応えろよ」 「はい」  麻紀と一緒にこちらに会釈をして玄関を出て行く風間を見送ると、塁は屈めていた腰をぐっと伸ばした。腕を首元にやって、結んでいた髪をほどく。肩より長い栗色の髪が扇のように広がる。イタリア語でカラメッロ、と呼ぶ艶やかな明るい色だ。フランス語では、やはりキャラメル、と表現するのだろうか。     
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