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一気に寛いだ様子でその髪を掻き上げながら、オフィススペースの手前で塁が振り向いた。
「先輩?」
晴行はまだ戸口に立ちすくんだままだった。
風間が去って行った戸口から目を逸らす。
あの人に塁を取られる、などと思った自分の心の狭さに、自分で驚いていた。取られるだなんて、いつの間に、塁が自分の所有物ででもあるかのような思い上がったことを考えていたのだろう。
形のよい眉をきゅっと寄せて、急に心配そうな顔になった塁に、晴行は小さく首を振ってみせる。
「なんでもない」
わかっていたつもりだった。でも、晴行は初めてその可能性を思い知らされた気分だった。
塁には、こんなところで自分の補佐役なんかをやるよりも、よほど相応しい舞台があるのではないだろうか。
あんな度量のあるよい先輩に恵まれ、実力をいかんなく発揮できていたはずの塁を、晴行は元の職場から引き離し、自分の起業に付き合わせてしまったのだ。
それは、塁にとっては致命的に不幸な選択だったのではないだろうか。
重いギアのまま急に登り坂に突入してしまったかのように、ずしりと身体が重くなる。
自分の存在が誰かの重荷になる。それは晴行にとっては苦痛を通り越して、もはや恐怖でしかなかった。
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