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Prologue
ブレーキレバーにかけた指先が濡れて滑る。指切りグローブもぐしょぐしょだ。
ヘルメットの下に被ったサイクルキャップのつばの先から、容赦なく雨が叩きつける。アイウェアは視界が悪くなるだけなので、とっくに外していた。
前方に停まったままの一台のロードバイクを視認しながら、岡島晴行は、ああ例の夢だ、と夢の中で思う。
水の浮く路面に注意しながらブレーキをかけ、足首をひねってシューズをペダルから離した。そのまま流れるような動作で自分も自転車を降りる。
「この雨で下りのペースは上がらないはずだ。今ならそれほど脚を使わずに追いつける」
立ち往生していた選手にそう声をかけながら、ものの数秒で自分の自転車から前輪を外した。それを手渡そうとすると、相手が眉間に皺を寄せる。
「お前は、どうすんだ」
「これをもらう」
有無を言わさず、隣の自転車からパンクしている前輪を外す。
「だって、それじゃ走れないだろ!」
相手の指先が大粒の雨を弾く。それを振り払うように、晴行は頑として首を振った。
「だから交換してんだろうが。俺とお前と、今リタイアしていいのはどっちだ」
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