第五章 軽井沢

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 夏目が座卓越しに、隆一の着物を見る。道なき道を走ってきたせいで、そでや袴のすそが、土と草の汁で汚れていた。 「君のエネルギーが有り余っているのは知っているけれど、そうやって行ったり来たりするのも大変だろう。それに……」  夏目が目を上げ、まっすぐにこちらを見る。 「僕は君のことを、理屈抜きに愛おしいと思っているんだ」  その言葉に、胸を揺さぶられた――。 『理屈』の方は、昼間、診療所の医師から聞いて知っている。(アルファ)(オメガ)はもともとひとつの生き物で、一緒になって初めて心身共に満たされる。  でも理屈抜きに愛しいなら、それはもう欲望ではなく愛なんだろう。  夏目の顔が見られなくなってしまい、隆一は皿の上に視線をさまよわせた。  そして唐突に切り出す。 「今朝、あの紙袋に書いてあった住所の診療所に行ったんです」  夏目が軽く息を呑む。 「そこで先生から話を聞きました」  夏目は少しの間こちらを見つめ、それからぽつりと言った。 「君が言っていた、言うべきことっていうのはそのことか……」 「そうですよ……。まだほかにも隠し事があるんですか?」 「さあ、もうないと思うけどね?」  夏目がちらりと歯を見せて笑う。 「けどあの先生も案外口が軽いんだな。……まあ、君に会えて機嫌がよかったんだろうな。あの人は君みたいなきれいな子が好きだから」 「なんですかそれ……。別に機嫌がよさそうには見えませんでしたけど」 「午前中に行って追い返されなかったなら、機嫌がよかったんだよ」  あの医師のことはよくわからないけれど、整った顔だと褒められたことを思い出した。 「それで、彼に何もされなかった?」 「それは何も……」  頬に触れられたり、背中をさすられたりしたことは、言わないでおくことにした。体を見せてくれとも言われたが、そんなことをここで打ち明ければ話がややこしくなる。
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