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「どうしたんだい?」
隆一の表情の変化に気づいてか、夏目が下から覗き込むようにして聞いてくる。
「いえ……」
隆一はわずかに視線を外す。
彼に見つめられて体がこわばるのを感じながらも、切れ長の大きな瞳がきれいだと思った。
「ここへは絵を見せに来たのに、今、見せるのが恥ずかしいと思いました」
結局隆一は、自分から打ち明ける。
「わかるよ。作品を見せるより、裸で外を歩いた方がマシだという人もいる」
夏目が笑った。
「ああ、僕の友人の話だよ。そいつは書いたものを発表するたび、気持ちの上では世間に裸を見せて回っているわけだ。僕もそれには、多少なりとも共感している。最近はその感覚も、薄れてしまったけれど……」
夏目は笑いながら話して、また隆一の顔を見た。
「だけど僕は、君の絵が見てみたいな」
そう言われて、隆一は横に置いていた風呂敷包みを引き寄せる。
「その話の流れだと、裸を見せてくれと言っているようなものです」
「魂を込めた作品は、裸よりずっと裸だ」
隆一はため息をつく。
「観念して、裸を見せるとします」
風呂敷包みを畳の角に揃えて置き直し、結び目に手をかけた。ところが、手が震えて結び目がうまくほどけない。
「あれ?」
手のひらを一度握り、深呼吸して作業を再開した。
横から夏目の視線を感じる。結び目が、驚くほど固い。いや、そんなはずはない。固くなっているのは自分の指の方だ。
「僕がやろうか?」
見かねた夏目がひざ立ちになり、文机の向こうから身を乗り出す。
彼の長い指が、風呂敷の結び目に触れた時だった。
「あっ――」
額と額がぶつかりそうになって、隆一は後ろへ身を引く。
夏目が驚いた表情で、隆一を見た。
その瞬間、たばこの香りがかすかに香る。どくんと大きく、心臓が跳ねる。
吐息も触れ合う距離で、二人は見つめ合っていた。
「君は……」
長い沈黙のあとで、夏目が口を開く。その声が乾いていた。
少し間を置き、隆一もようやく反応する。
「おれが……なんですか?」
「こんなことを当てずっぽうで言うのは失礼かもしれないが、僕は今、かなりの確信を持っている」
「だから、なんです?」
らんらんと光る瞳で見つめられ、混乱が胸に渦巻いた。
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