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「僕は瀧孝作、文芸部の編集者だ。以後よろしく」
右手を握られ、ぶんぶんと振られる。
「ずいぶん繊細な絵を描くから、どんな男が来るのかと思ったが……あんた洋画家っていうより、女形みたいな顔をしているな」
「はあ。女形ですか」
少し不満に思いながら、隆一は反応を返す。
「前から十人女が来たら、きっと八人はあんたを振り返るだろう。男の場合でも、四、五人は振り返るかな。雪の中の寒椿みたいに、凜とした趣がある。ああ、ちなみに僕もよく二度見されるんだが、それは考え事して眉間にしわが寄っている時だな。その顔が鬼瓦に似ているとよく言われる」
冗談なのかなんなのか、瀧があっけらかんと笑った。
「そうだ。絵描きの傍ら、役者の真似事でもしてみたら人気が出るかもな?」
「悪いですけど、おれはそういうのは……」
隆一はさすがにムッとして答える。
自分としては、むしろ人の目から隠れて生きていきたい。女性からも男性からも、興味を持たれてろくなことになったためしがなかった。
瀧がまた笑い声をたててから頭を掻く。
「悪い、冗談だ。挿絵の仕事が欲しいんだろう?」
「はい、そのために来たんです」
「今すぐ頼める仕事はないんだが、ひとついい話がある」
「いい話? 一体なんですか?」
隆一としては、可能性があるなら藁にでもすがりたい。
「夏目龍之介は知ってるか?」
「夏目……?」
聞いたことのあるような名前だった。
「いま注目の若手小説家だ。彼の名前が載れば、雑誌は飛ぶように売れる。明日、夏目のところに行くんだが、よければあんたを紹介したい。それまでに彼の作品を軽く読んでおいてくれ。ああ君、何か適当な本を……」
瀧が受付係に言って、夏目の作品の載った雑誌を持ってこさせる。
「あの……読むのはわかりましたが、紹介っていうのは……?」
「夏目があんたの絵を気に入れば、彼の作品の挿絵を描けるかもしれないだろ」
瀧はそう簡単に説明した。
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