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「夏目先生の住まいは、鎌倉の由比ヶ浜だと言いましたよね?」
話の切れ目でそう確認すると、瀧が頷いた。
「あいつの実家は東京の田端だが、今は横須賀の海軍機関学校で英語を教えるために、そこから近い鎌倉に家を借りているんだ。東京から鎌倉までは丸々一時間ってところだな。僕と二人で退屈かもしれないが、しばらく耐えてくれ」
「いえ、瀧さんこそお構いなく」
それから隆一は車窓を見て、あれこれ思いを巡らせていた。仕事についての期待と不安、それもあるが隆一の思考を占拠して離れないのは、昨日読んだ夏目の作品だった。
「あんなに素晴らしい小説を書く人が、学校の先生だったなんて。おれはてっきり、専業の作家なんだと思っていました」
隆一がつぶやくと、瀧がふっと笑う。
「器用な人間は、何でもさらりとこなすもんだ」
「さらりと……」
幾分ショックを受けながら、隆一は繰り返す。
自分にはただひとつ、絵しかない。それに果敢に挑んでも、現状、食うことができずにいる。
「四民平等の世の中でも、神様は平等じゃないんですね」
「夏目は天才だから。あれを同じ人間と思っちゃいけない」
瀧が冗談めかして言った。
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