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第四章 鎌倉3
「夏目が、単行本の装丁をあんたに頼みたいと言っている」
瀧から聞かされたそんな話に、隆一はどんな顔をしていいのかわからなかった。
夏の土用丑の日の翌々日、場所は時事日報社のいつもの談話室。
瀧の角張った顔を、隆一はしばらく呆然と見つめる。
「どうしたんだ小栗君。夏目の本の表紙をあんたの絵が飾るんだぞ? 一躍有名人じゃないか」
「はあ……」
ひざの上で握る手の指には、まだ生々しい噛み跡が残っている。
――僕の印をつけておきたくなった、君が僕から逃げようとするからだよ。
あれから十日。体につけられた彼の印を見るたびに、あの日の記憶がよみがえった。
あの時の夏目さんは、なんだかいつもと違った……。
あんなふうに求められたら、おれは……。
上の空になりかけていた隆一の意識を、瀧の声が呼び戻す。
「なんだ、訳ありか?」
「訳ありっていうか……。あの人から仕事を回してもらうのは、少し虫がよすぎる気がして……」
「夏目と何かあったのか?」
瀧の視線が手元に向けられた気がして、隆一はとっさに指の噛み跡を隠した。
「何もないですけど、ただおれが会いたくないんです」
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