第九章 蜂目豺声

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第九章 蜂目豺声

 春香から話を聞いた後、直斗はさっそく、春香のクラスの担任教師である遠月安信に連絡を取った。  最初は断られるかと思ったが、相手は驚くほど簡単に面会を許諾した。明日にも場を設けて、話を聞いてくれるらしい。  少しでも早く、この件を解決したい直斗は、安堵した。少しは融通が利きそうな先生で良かった、とそう思う。  親にも相談をする必要があったが、春香が渋ったことと、兄である直斗のみで解決できそうな気配があったため、保留にした。いずれ時がきたら報告しよう。  そうして、直斗は、翌日、遠月安信が指定した場所へと足を運んだ。  遠月安信が面会に選定した先は、直斗にとって意外な場所だった。てっきり、妹が通う小学校で話をするとばかり思っていたが、違っていた。  当該場所は目黒にある一つのビルだった。オフィスビルらしく、簡素なデザインだ。十二階建てであり、一社しか入居していないところを見ると、自社ビルの可能性もある。  目黒という立地も含め、それなりに大きな会社が居を構えていると思われた。  会社の名前は袖山金融。どうやら金融会社らしい。  小学校の教師と、その受け持ちのクラスの女子児童の兄が面会するための場所としては、とても相応しいとは思えなかった。当初、ビルに到着した際、一瞬、何かの間違いではと勘違いしたほどだ。  直斗は、大きく取られている玄関から、ガラス扉を開け、中へと足を踏み入れた。エントランスも豪奢な造りだ。昔、家族で一度だけ泊まったことのある外国のリゾートホテルに雰囲気が似ていた。  受付にいくと、モデルのように綺麗な受付嬢が笑顔で応対してくれる。こちらはどう見ても未成年の胡散臭いガキなのに、一切怪訝な素振りは示さず、柔和な対応だ。プロの矜持を垣間見た気がした。  しかし、背後をちらりとうかがうと、制服を着た屈強な体躯の警備員が、刺すような視線を投げかけていた。いつでも取り押さえる準備ができている、といった風情だ。  直斗は気にせず、受付嬢に伝えた。  「あの、遠月安信っていう人と待ち合わせしているんですけど」  口ごもりながら言う。慣れない場所なので、少しだけ緊張していた。社会人になったら、このような場所で働くのかと、どこかピント外れな感想が脳裏をよぎる。  直斗の言葉を聞き、受付の女性は、カウンターの内側で何かを操作をする動作を取った。おそらく、パソコンか何かの端末で来訪者のリストを確認しているのだろう。  やがて、女性は女優のような綺麗な笑顔を向け、首肯した。  「はい。予約が入っております。こちらからどうぞ」  受付嬢の女性は、受付カウンターから出ると、エレベーターのほうへ歩き出す。直斗は後ろに続いた。  エレベーターにたどり着き、女性がボタンを押すと、扉が音もなく開いた。  「遠月さんは十階にある執務室でお待ちです」  そう言うと、エレベーター内部のボタンを押し、十階を選択する。直斗が乗り込むと同時に、女性は入れ替わるようにして外へと出た。どうやら上階までは同行しないらしい。  扉が動き、頭を下げる受付の女性の姿が扉の向こうへ消えた。  自動的にエレベーターは上昇を始める。階数表示板を眺めながら、直斗は、カウントが進む数字と同じように、自身の心拍も上昇していっていることを自覚した。  なんだか、校長先生の部屋に呼び出しを受けた気分に陥る。妹の担任教師と会うのだから、悪事を働いたとか危機のある緊張感ではないはずだが、事が事なだけに、無意識にプレッシャーを感じているのかもしれない。  しかし、そんな緊張など関係ない。何よりも、妹のいじめを阻止することが先決である。今、考えることはその一点のみ。  エレベーターは十階に着き、直斗は廊下へと出た。廊下は豪華な赤い色のカーペットが敷き詰められていた。壁は高級マンションのような小洒落た造り。この会社が、資金面で余裕があること物語っているように見えた。  直斗は廊下を歩き、奥のほうへ向かう。ここは特殊なフロアらしく、従業員といった類の人間は一人も見当たらなかった。  貸切のホテルのように静かな雰囲気の中、カーペットを踏みながら廊下を進む。やがて直斗は、プレートに『執務室』と書かれた部屋にたどり着いた。  直斗は少し躊躇ったのち、マボガニー調の黒くて艶のある扉をノックした。すぐに中から「どうぞ」という低い男の声が聞こえてくる。  「失礼します」  直斗は扉を開けた。中を確認する。  執務室内部は、来賓室のような落ち着いた雰囲気のある部屋だった。中央に向かい合わせに並んだソファがあり、間には、木製の重厚なテーブルが設置されてある。  周囲の壁は白色をベースに落ち着いた雰囲気のあるインテリアデザインが施されてあった。天井からはシーリングライトが煌々と部屋を明るく照らしている。それ以外に、ほとんど家具といった類の物は置かれていないのは、少し不思議に感じた。  ソファに一人、五十代ほどだろうか、禿頭の男が座っていた。どこか落ち着きのない様子でこちらを見つめている。彼が遠月安信教諭だろうか。    しかし、気になるのはそれだけではなかった。  禿頭の男以外に、もう一人、スーツ姿の男がいた。三十代後半くらいか。  軍人を思わせる厳つい相貌に、ぎょろついた目。高そうなスーツに包まれた体躯は、ラガー選手のように逞しかった。  男からは、人を圧するようなオーラが放たれている。文化系の直斗にとっては、あまり好きではないタイプの人間だ。  話では、春香の担任教師一人と会う約束だったが、どうして大人が二人いるんだろう。  直斗が戸惑っていると、軍人のような体格をした男が動く。  「わざわざすまなかったね。篠崎直斗君」  男は、直斗の名をフルネームで呼び、こちらに大股で歩み寄る。そして、中央のソファを指し示した。  「どうぞ座って」  直斗は言われるままに、ソファに腰掛けた。向かい合わせにいる禿頭の男は、気まずそうに俯いている。  直斗は巨躯の男に訊く。  「あの、僕、遠月安信という人に言われてここまできたんですが……」  「それなら彼だ」  男は、ソファに座っている禿頭を指差した。  直斗は再度、正面の男を見つめる。  こいつが遠月安信らしい。つまり、直斗を呼び出した張本人だ。あとは、この遠月から話を聞き、妹のいじめを止めさせる措置を取れば、直斗の目的は達成する。  しかし、どういうわけか、関係のない第三者がいる。  直斗は男を見上げ、怪訝に思う。この男は一体、誰だ? 何のためにここにいるのか。比べて、本命であるはずの遠月が、まるで借りられてきた猫みたいに大人しい点も気にかかった。  直斗の表情の意図に気づいたようで、男は自身の顔を指差さした。  「俺か? 俺は袖山明誠。このビルの所有者で、袖山金融の社長だ」  男はどうやら、経営者らしい。だが、それが判明しても、何も疑問は解決していなかった。なぜそのような人間が、この場に同席しているのか。  「オッケー。そうだな。お前のその疑問は至極当然のものだ」  袖山は、まるで心を読んだように、先んじて答えを口に出す。  直斗は嫌な感覚に襲われる。アレーナ・ディ・ヴェローナで戦った異世界人達や、テュポエウスとも違う、得体の知れない気味の悪さを男から感じ取っていた。  袖山は、ずっと黙ったままである遠月を顎でしゃくった。  「まずはお前のほうから説明してやってくれ」  主に命令される従者のように、遠月は怯えた顔で首肯する。外見から考えて、遠月のほうが年上のはずだが、なぜか、主従関係が確立していた。二人はどんな関係なのだろうか。  遠月は説明を始める。  「き、今日、君と会う目的は、妹である春香さんの窃盗についてだったよね」  「はいそうです」  「えーっと、事件のあらましを説明すると……」  遠月安信が説明してくれた窃盗の件に関する内容は、理衣が話してくれたものとほとんど一緒だった。少し違う部分は、春香を犯人だと決め付けている点だ。  「以上が経緯だけど、質問はあるかな?」  遠月は額の汗を拭いながら、訊いてくる。どうしてここまで緊張しているのだろうと不思議に思ったが、直斗は妹のことについて尋ねた。  「春香が犯人だっていう証拠はあるんですか? 一方的に決め付けているみたいですが」  遠月は、さらに汗をハンカチで拭く。禿頭が明かりを受けて真珠のようにてらてらと輝いた。  「あ、ああ、そうだね。さっき説明した通り、春香さんのランドセルから、徴収したお金の封筒が見つかったんだよ。中身は空になっていた」  「でも、それだけで犯人だと決め付けるのはあまりにも酷ではないですか?」  「そ、そう言われても他に犯人に該当する人物はいないし、しょうがなかったんだよ」  春香の性格や人柄を知っている直斗からすれば、妹が窃盗犯である可能性は微塵も信じていない。しかし、他の人間は違うのかもしれない。数少ない証拠が発見され、それが春香を指し示していたのなら、疑うのは無理もない、と言えるのだろうか。  いや、その考えは間違いだ。この男は春香の担任教諭だ。生徒を疑ってかかること自体、まずはおかしかった。  直斗は、その考えをもって、主張した。あなたの行動は教師として間違っていると。  遠月は動揺しながら、ぶつぶつと呟く。  「だ、だけどねえ……」  さらに挙動不審さが増す。この男は当初から態度が妙だった。なぜ、これほど動揺を見せているのか。もしかすると……。  直斗は、遠月の態度について言及しようと口を開きかけた。すると、そこで、刺すような言葉が耳を貫く。  「他に容疑者がいない以上、お前の妹が犯人であることは疑いようがないんだよ」  直斗は、顔を上げる。袖山が腕を組み、こちらを見下ろしていた。  直斗は、困惑しながらも反論する。  「でも、誰かが罪を被せるために仕掛けた可能性も」  袖山はため息をついた。  「なあ、兄ちゃん。妹を信じたい気持ちはわかるが、お前の主張は憶測に過ぎないんだよ。封筒が発見されたという、れっきとした証拠が出てんだからさ」  「だから、それが――」  誰かの罠の可能性があると言おうとした時、袖山は遮るようにして、強い口調で言葉を放った。  「いい加減にしろや。こっちはな、お前の妹が盗んだ金を補填してやったんだぞ」  「どういうことです?」  袖山は、ソファで縮こまっている遠月を睨みつけた。  「この男はな、今回の窃盗騒動で、お前の妹が盗んだ金を肩代わりしてやったんだ。だけどな、こいつは訳あって、うちから借金をしている。もちろん、盗まれた金を都合する余裕なんてなかった。だから、結局俺の会社が出してやったんだよ」  金融会社という触れ込みだが、その実、この会社は消費者金融の側面が強いのだろう。遠月も、ギャンブルか何かで、借金をし、首が回らない状態のようだ。  遠月が、袖山に対し、従順であることの理由が見えてきた。首根を抑えられているというわけだ。  「でも、妹は、春香は窃盗なんてしません」  俺は妹を信じている。だが、『犯人ではない』証拠が一つもないのは事実であった。  「おいおい、それはお前の願望だろ」  袖山は呆れたように、肩をすくめた。厳つい顔が、獲物を痛めつける肉食獣のように歪んだ。  「だけど……」  どうしたことか、こちらの立場が悪くなったことを直斗は理解した、妹の無実を証明し、いじめを止めさせるためにここにやってきたのに。  「言っておくが、警察に伝えなかったのは、こちらの温情だぞ」  袖山は、国家権力の名前を出した。直斗は僅かばかり身を乗り出す。  「け、警察ってそんな大げさな」  「こっちとしては、警察沙汰になったほうが都合がいいんだがな。それでもいいのか?」  袖山の言葉に、直斗は動揺した。もしも、実際に妹が犯人だとしたら、警察の介入により、事態は深刻化するだろう。学校の生徒や保護者は篠崎一家を白眼視し、下手をすると、マスコミが動く懸念すらあり得るかもしれない。  そうなると、他にもまずい事象が発生する。自分は例の『ロビン・フッド』なのだ。警察やマスコミが周辺を探ることで、発覚の危険性が生まれてくる。ただでさえ、高校襲撃事件の件で、色々面倒だったのに。  大きな危惧を抱くと同時に、直斗は自身が妹を疑っている事実を知り、愕然とする。俺は春香を心から信頼しているのではなかったのか。  目の前のガタイが良いスーツ姿の男を直斗は見つめる。この男と会話をしていると、まるで暗い闇の底へと引きずり込まれている気分に陥った。  この男は一体、何者だ? 自分の『血』の力を使えば、殺すのは容易いだろう。しかし、当然そうするわけにもいかなかった。  直斗は、袖山と対峙した際に抱いた気味の悪い直感が、正しい感覚であることを悟った。  袖山明誠は、眼前で顔を青くしている高校生の少年を見下ろしながら、心の中で訝しがる。  このガキは、警察の介入を示唆しただけで、強い動揺をみせた。  通常の人間でも、反応としてはおかしくはない。当然だ。誰だって警察との絡みは望まないだろう。不安に感じるのも不思議ではない。  しかし、このガキの動揺は、そういった一般的なリアクションとは異なる性質を纏っていることを袖山は看破していた。自身の『才能』によって。  袖山は脳内で、篠崎直斗と面を通したあとの、彼がとった一連の行動を録画した映像のように流す。  一定の地点までは、動作自体に問題はなかった。学校の校長と面会するような緊張は持っていたようだが、概ね正常範囲だった。  袖山は、以前、篠崎直斗を『観察』した時の光景を思い出した。吸血鬼の異世界人と、妹である篠崎春香の三人が下校している時の光景。  その際、このガキは貧血のような症状を見せていた。今はその兆候がないということは、クセでもなんでもなく、事実、貧血であったのだろう。つまり、直近で、血液を失うような出来事が身に降りかかったということである。  特別視するべき部分ではない。しかし、留意しておこうと思える特徴だ。  同時に、再び脳内の映像を再生。直斗は、袖山が『警察』の名前を出した途端、強い動揺を覚えていた。やはり、これは少し過剰だ。何か、やましいことでもあるのか。それは何だろう。  以前見た光景を、デュアルモニターのようにして、もう一つ脳裏に流す。そこには、現在槍玉に上がっている女子児童の姿があった。  篠崎春香。こいつの妹も、兄やその他の者に対し、何らかの隠し事をしていた。袖山の目を通せば、明白な事実として浮かび上がるのだ。  兄妹揃って、腹に一物抱えているということだ。これは、とてつもなく臭う気がした。  次に袖山は、同じ『DC会議』のメンバーである御神龍司が提示した情報を、脳内のアーカイブからピックアップする。  直斗は、扶桑高校に異文化交流として転校してきた二人の吸血鬼と懇意の仲になっていた。ルカ・ケイオス・ハイラートは、友人として、レイラ・ソル・アイルパーチは恋人として。  一介の男子高校生が、二人の異世界人と短期間で親密になるのは稀な事象である。これにも違和感があった。  それらを結ぶ一本の線が、必ず存在するはずだ。モイライの糸のような、運命を分ける関係性が。  袖山は、脳内の映像を閉じた。考察の時間も含め、ほんの数秒の現象だ。直斗も遠月も、こちらが瞬時に思案を巡らせたことなど悟ってはいないだろう。これこそが、袖山が持ち合わせた『武器』の真骨頂なのだから。  もっとも、御神ならば、一言二言の質問で、確実に嘘を見破れるため、もしも相手の虚偽を看破する場合、あの若造のほうが有利なのは否めないが。  袖山は、眼前の少年を見下ろしたまま、自身の優位性を確信していた。このガキは少なくとも、大して狡猾でもない、ただの平凡な内面をした男子高校生なのだろう。  そろそろ仕掛けるか。  袖山は、腕を組み、口を開いた。  「篠崎直斗君。君、扶桑高校の転入生であるレイラさんと親しかったようだね。何でも交際していたとか」  袖山の質問に、直斗は顔色を変えた。どうしてそこまで、という表情を浮かべる。単純に身元を探られたことに対する動揺が大半だが、それに隠れるようにして、深い陰影が心の底に差したことを袖山は見過ごさなかった。  どうやら、『アキレス腱』に通じる糸口はそのあたりにありそうだ。  「は、はあ。交際していたというか、付き纏われていたというか、別に仲睦まじいものではなかったですよ」  直斗は、ぼそぼそと弁解する。ソファに座ったまま、落ち着きなく指を弄っている様を確認し、袖山は笑みを浮かべそうになるのを堪えた。  「話を聞く限り、告白したのは、レイラさんのほうからだったらしいな。相手は、とびっきりの美少女だったんだろ? しかも異世界人で、吸血鬼の。どうしてそんな女の子が、君を好きになったのかわかるか? 本人に聞いたことあるか?」  御神も説明の際、言及していたが、このガキは、袖山の目から見ても、魅力ある人間には到底思えなかった。おそらく、今まで異性と交際した経験すらないはずだ。女っ気皆無の冴えない男子生徒なのだろう。  しかし、なぜそのような奴に、異世界人の美少女が惚れ込むのか。  本来、そういった疑問は、直接篠崎直斗と面談すれば、自身の『才能』により、すぐさま理由が掴み取れると推測していた。しかし、対峙しても、そのよすがが全くなかった。  このガキに対する不可思議な点の一つだ。  「それが、俺にもわからないんです。理由を尋ねても、その、何となくって言うばかりだったし」  どこか歯切れが悪い。何かありそうだ。  「思い当たる節、本当にないの? 自分には、異世界人を惹きつけるような魅力があるとか」  「そ、そんなことないと思いますけど」  直斗は焦ったように、首を振った。御神でなくても明白にわかった。今、こいつは嘘をついた。その理由を知っているのだ。  「本当に? 何か隠してないか?」  袖山が詰め寄るようにして訊く。直斗は怯んだように手を振った。  「か、隠してません」  尋問に窮する容疑者のごとく、直斗は上擦った声で答えた。これでは何かあると自ら吐露しているも同然である。  袖山は、思わず、にやりと笑う。いい感じだ。情報が次第に集まっていくことを実感した。この情報を元にすれば、さらに『攻略』の制度が増す。  袖山は、改めて、篠崎直斗も内面について考察をした。  本来、彼には、袖山の質問に答える義務などなかった。袖山は金を肩代わりしただけの、妹の件とは直接関係のない部外者なのだ。  だが、すでにこちらのペースに乗せられているため、聞き流すことができず、誘導されるがまま応答しているのだ。いや、応答せざるを得ないといったところか。敏腕刑事の手の平で踊らされる容疑者のように。  篠崎直斗が、あっさりと袖山の目論見に引っ掛かっていることから、これも、この少年が、純朴かつ素直な、男子高校生としては、ごくありふれた精神性の持ち主であることを証明していた。  お前、結構真面目だな? そんなんじゃあこの世に跋扈する魑魅魍魎どもにあっさりと食われるぜ。  袖山は、さらに畳み掛けることにした。  「そうか。まあ、それはいいや。あと、これも訊いた話だが、そのレイラ・ソル・アイルパーチ。彼女は今現在、行方不明なんだって?」  直斗少年は、どきりとした表情をみせた。  「行方不明の原因には、お前が関与していると噂があるぞ」  「……知りません。関係ないですよ」  直斗は平静を装って、答えたようだが、彼が唾を飲み込んだことがわかった。これは、本当にもしかするかもしれない。  レイラも異世界人である以上、魔法などの人知を超える力を持っていることは明白だ。御神の証言からもそれは確定している。ゆえに、御神が言及していたように『ただの人間』が異世界人を『どうにかした』可能性は極めて低いといえるのだ。  つまり、痴情のもつれなどで、男が女を刺し殺し、埋めたとか、そういった類の事件に巻き込まれる恐れは皆無なのである。異世界人と人間の関係性においては。  だから、このガキはシロ。と言える。  ――ただし、例外を除いて。  「まるほどね。それと、君と親しいルカ・ケイオス・ハイラート君だけど、どうして仲良くなったの?」  「ルカから話しかけられて……」  直斗は、悄然と答える。結構、精神的に参っているようだ。つまり、それだけプレッシャーを感じていることである。  「彼も、レイラさんの失踪について、何も知らないのか?」  「ええ。知らないと思います」  直斗は目を逸らしながら答えた。  袖山はしばらくの間、直斗を見つめる。直斗は、気まずそうな様子をみせ、視線を合わせない。  もう充分だろう。情報はたんまりと得た。それに、あまり突っつきすぎると、かえって薮蛇になるだろう。嫌な予感もあった。  袖山は、大げさに肩をすくめた。  「オッケー。わかった。時間を取らせてすまない。ただ、関係者の身辺情報を知りたいから、行った質問なんだ。気にしないでくれ」  袖山の宣言に、直斗はほっとした様子をみせた。  「じゃ、あとは任せた」  袖山は、遠月にバトンタッチする。  応対を代わった遠月と、篠崎直斗は会話を始める。  内容は、今回の件で、妹がいじめにあっているため、どうにかして欲しいという要望だった。おそらく、彼の本来の目的がそこなのだろう。妹想いの良い兄だと思う。  袖山は、脳内でいくつもの映像を流しながら、篠崎直斗に対する『処置』を検討していた。  もしかすると、自分は極めて大きなチャンスを前にしているのかもしれない。そう考える。『DC会議』で発起人の中島祥吾が提案したプラン。そこにいち早く到達できるような気がした。  だが、すぐに報告するつもりはなかった。彼らも一応仲間とはいえ、普段は鎬を削り合う間柄だ。共闘は一時的なもので、結局のところ、一蓮托生は不可能な競合者達なのだ。  必ず連中を出し抜いてやる。  袖山は、心に誓った。  そして計画を立てる。渦中の篠崎春香。あの子供も、何かしらの隠し事をしている。  次、攻めるとしたら、彼女をおいて他にいないだろう。相手は子供だ。容易く情報が零れ落ちるに違いない。  袖山は、自身の姦計が軌道に乗ったことを確信した。
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