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幕間 DC会議②
袖山明誠が死亡したとの報せが御神龍司の耳に入り、同時に緊急の『DC会議』が開かれた。
発起人は当然、中島祥吾である。
前回と同様、中島所有のビルの第三会議室にて、再び一同は介した。
しかし、一部メンバーは変わっている。袖山明誠はおらず、そして、今回『DC会議』に初参加の面子がいた。
御神は、そっと、円卓テーブル越しに、その人物の横顔をうかがう。出入り口に一番近い位置だ。
須川若菜。薄いグレーのリクルートスーツに身を包んだ若い女。前回、欠席していた最後のメンバーの一人だ。
須川は、後ろ髪をハーフアップにして纏めた髪形だった。メイクは薄く、ナチュラルに仕上げている。それでも、利発そうな容貌に加え、目鼻立ちも整っているため、女性としては、相当上位に入る美貌の持ち主である。
しかし、御神にとっては、大して魅力的には映らなかった。確かにビジュアルは良いが、肝心の内面に欠陥を抱えている人物だからだ。
「皆さん、揃いましたね」
リーダ役である中島が、円卓テーブルを見回しながら言う。いつもの恵比寿顔はなりを潜め、表情はどこか固い。袖山の一件が、背景にあるせいだろう。
「すでにご存知の方も多いですが、一昨日の夜、袖山明誠さんの遺体が自宅のマンションで発見されました」
演説のような中島の解説を聞きながら、御神は腕を組んだ。
その一件は、中島から直接聞き、知り得ていた。そのあと、ニュースでも報じられたが、精度は中島の情報のほうが上だった。
袖山の死因は、出血によるもの。夜間、目黒にあるマンションの自室にて、侵入した何者かに襲われ、死亡したのだ。
中島が根回しして得た警察の情報によると、腹部を刃物のような鋭利なもので刺されており、傷は背中まで貫通していたという。しかし、肝心の凶器は発見されておらず、目下、警察の手で捜索中とのこと。
いくつか不自然な点が見受けられており、一つが、侵入者の痕跡が全くないことだ。元々、防犯が厳重なマンションだったにも関らず、下手人は易々と侵入し、痕跡も残さず脱出している。
まるで幽霊の犯行かのようで、捜査関係者は頭を抱えているらしい。
加えて、はじめに襲撃を受けた位置(玄関付近らしい)から、袖山は、かなりの距離をトラックに跳ね飛ばされたかのごとく、吹き飛ばされており、その点を鑑みても、人間の所業ではないという。
いくつかの共通点から、犯人は異世界人の可能性もあるとのこと――。
会議室に響いていた中島の説明が終わり、沈黙が訪れる。集まったメンバーは誰も口を開かなかった。
すると、一人が口火を切る。紅一点、須川若菜だ。
「あのさあ、突然呼び出されて、こっちはわけわかんないんだけど。何? DC会議って」
須川が、気の強そうな目を吊り上げながら言う。
「そうでしたね。須川さんは前回いませんでしたから」
中島は、柔和な顔を作り、須川に対し、DC会議について説明を行う。会議の目的や、目指すべき到達地点など。
話を聞き終えた須川は、鼻白んだ。
「そんな大それた計画が始まる前に、袖山は死んだわけね。守銭奴からすれば、浮かばれないことこの上ないわね。まあ、あいつのこと嫌いだから、どうでもいいけど」
須川は、愉快そうに笑う。他メンバーからは、いくつかため息が漏れた。もっとも、御神からすれば、その点は、須川と同意見であるため、特に反目するつもりはなかった。
「嫌いかどうかは別として、袖山の死亡は今後の進展に影響があるぞ」
ちょうど須川の対面に座っている雨宮が、そう告げる。
雨宮はフォーナインズの眼鏡を指先で上げつつ、続けた。
「『ゴシップ』よりも『ビジネス』ならば、損益に関るリスクは、最重要視する必要があるんじゃないか?」
雨宮は、訴えるようにして言う。
御神も雨宮に同意した。
「その通りだ。敵が『外来種』であれ、『亡霊』であれ、慎重に原因を把握するべきだろう」
袖山の死亡は、想定外であった。奴が独断先行したとは言え、動き出した途端、いち早く殺されたということになる。つまるところ、背後には、コンスピラシー的な懸念が存在していることの証ではないのか。
「我々の情報が外部に漏れている可能性はあり得るのか?」
李天佑が流暢な日本語で中島に訊く。御神の発言の意図を読み、先んじて質問をしたのだろう。
「それはあり得ません。DC会議は口外無用が原則ですし、証拠も存在しないでしょう。そもそも、まだ発足したばかりですから」
中島は肩をすくめる。そこで、それまで沈黙を続けていた武藤恭輔が、グランジショートの髪をかき上げながら言った。
「昨日今日の話なんです。袖山さんがピンポイントで狙われたとしか思えないっすよ。まさか、偶然このタイミングで、賊に襲われただなんて、馬鹿な考えを持ち合わせていないでしょうね?」
武藤は、普段は爽やかなはずの容貌を、やや曇らせていた。袖山の死亡を警戒しているらしい。それに、こいつは多少なりとも、袖山のことを尊敬視していた傾向がある。色々と複雑な心境なのだろう。
「下手人が、袖山さんをピンポイントで狙ったのかどうかは定かではありません。警察の捜査待ちになるでしょう。そちらの動きにも目を光らせておきます」
そして中島は、一拍置き、円卓テーブルを見回す。
「しかし、それとは別に、今回、私は重大な情報を掴みました」
全員の視線が、中島に集まる。
「重大な情報……。まさか、そのために今回、会議を開いたのか?」
雨宮の質問に、中島は破顔した。
「仰るとおりです。今日皆さんにご足労頂いたのは、その情報をお見せするためなのです」
「それは何だ? もったいぶってないで話せ」
李天祐が、赤いネクタイを締め直しながら、催促する。
中島は、頷くと、おもむろに会議室を明るく照らしているペンダントライトの証明を落とした。
闇夜のように、薄暗くなった部屋の中に、中島の音吐朗々な声が響く。
「昨夜のことです。私のメールソフトに、一通のメッセージが届きました」
中島は喋りながら、円卓テーブルの中央に設置されているプロジェクターをリモコンで操作した。サーチライトのような光が、会議室正面の壁に映し出される。
そこには、新聞のような文章の羅列が表示されてあった。
「差出人は、亡くなった袖山明誠さんです」
会議室内が、少しざわめく。
「どういうことっすか?」
訝しがる声が聞こえた。声質と喋り方からして、武藤だとわかる。
「おそらく、殺害される直前に、メールを送信したようです。厳密には、自身がパソコンを操作しない状況が二十四時間続いたら、自動で送信されるシステムを構築していたみたいですね。それで、私の元にメールが届けられた」
独断先行をし、仲間意識が希薄なあのエテ公にしては、随分と殊勝な真似だと思う。多少なりとも、DC会議という組織の一員であることを自覚していたのだろう。
「そこに重要な情報が記載されているのか」
「はい。袖山さん渾身の情報です」
プロジェクターの光越しに、中島が神妙な顔を形作る。
その時、透き通った声が部屋内に響いた。
「ねえ、聞いた話では、侵入した者に、ノートパソコンを破壊されていたらしいけど、どうやって送信したの?」
須川の声。彼女は疑義を呈しているようだ。しかし、中島は理由を把握しているらしく、即答した。
「袖山さんは、すでに作成した文章エディターをクラウドに保存し、そこから送信できるよう仕込んでいたようですね」
「ふうん」
須川は、納得したのか、していないのか、よくわからない様子で頷いた。
中島の返答を聞いた御神の脳裏に、ふと疑問がよぎる。
袖山が殺害された状況から、奴が死ぬ直前までパソコンを操作していることは判明している。侵入者がノートパソコンをわざわざ破壊したということは、おそらく証拠隠滅や情報隠匿のためと考えていいだろう。しかし、きっちりと送信されている以上、それは失敗に終わったことになる。
ということは、袖山を襲い、ノートパソコンを破壊した者の行為は、まるで無駄になっているのだ。言い換えれば、侵入者は失態を犯したのである。
それは、なぜか? 幽霊のように厳重なマンションに侵入し、人知を超える力で人を殺害せしめる者が、どうしてそのような簡単なミスを働いたのか。
答えは一つ。それは……。
「文章の内容は?」
李天祐の声に、御神ははっと意識を引き戻される。彼は、もっとも重要な部分に触れていた。
中島は答える。
「『ロビン・フッド』について」
一瞬、会議室に、妙な間が訪れる。
「『ロビン・フッド』って、例の?」
雨宮が、怪訝な口調で訊く。
「ええ。アレーナ・ディ・ヴェローナの件と、扶桑高校襲撃の際に現れたとされる例の英雄です」
「そいつがどうかしたのか?」
御神は質問する。確かに、中島が言及したように、扶桑高校に『ロビン・フッド』が現れた噂はあった。しかし、確証はないのだ。
結局、留学生であるルカ・ケイオス・ハイラートが襲撃事件を解決したとの結論に達しており、また、ルカ本人も、それを認める旨の発言をしている。
もしも、『ロビン・フッド』が本当に襲撃の際に現れ、解決に貢献したのなら、ルカが嘘をついていることになるだろう。御神の『特性』なら、それを見抜けるが、いまだに『面談』には至っていない。
中島がこちらを見る。プロジェクターの反射を受け、中島の表情に濃い陰影が生じていた。
「一人の人物と、『ロビン・フッド』に関連性があるのではないのかとの考察がなされています。いわば調査報告書ですね」
「……なんだと?」
御神は、眉をひそめた。袖山は『ロビン・フッド』の関係者を探り当てたというのか。
「その人物とは誰だ? 確証があるのか?」
中島は御神の質問には答えず、黙ったまま、プロジェクターを操作した。
「袖山さんの遺書とも言うべき内容です。一からお話します」
中島の議会答弁のような、明朗快活な説明が始まった。
中島の『演説』が終わり、一同は沈黙に包まれていた。
すでに照明は点けられ、皆の顔がよく見える。その誰もが、先ほど聞いた話を完全に飲み込めない様子だ。
「……本当に、千葉に住む一人の女子小学生が『ロビン・フッド』と関りがあるのか? ただの小学生だろ? 相手は世界を救った英雄だぞ」
雨宮が悄然と呟く。
中島から伝えられた袖山の報告書の内容は、およそ信じ難いものだった。
千葉県に住む一人の小学生五年の女子児童が、『ロビン・フッド』との関係性があるとのことだ。
先ほどの雨宮の疑問は、もっともだと思う。それほどの大それた存在が、この日本の、しかも千葉県に住んでいる女子小学生と関係性があるとは考えづらい。しかし、それを否定する根拠もないのだ。
「報告書には確たる証拠が明示されていませんが、信頼には値すると思います」
御神は質問する。
「その少女の名前は?」
「わかっていません」
「じゃあ住所と、通っている学校もわからないのか」
「住所は不明ですが、通っている小学校はわかります。木更津の清見台にある春日小学校ですね」
「……妙な情報だな。なぜ名前も住所も不明なのに、通っている学校と学年はわかるんだ?」
李天佑が眉根を寄せながら訊く。
「おそらく、袖山さんは全ての情報を記さなかったようですね。内容を読む限りでは、袖山さんは、その女子小学生の名前と住所も、下手をすると、『ロビン・フッド』の正体の当たりさえ付けていた可能性も見受けられます。けれども、DC会議の顔を立てるために情報は渡したはいいが、意地のせいでそれは一部に限定した、という着地点を狙ったのでしょう」
自分も人のことは言えないが、あのゴリラはつくづく、性根が腐った男だと思う。情報を狭めることで、後発のメンバーに無駄な負荷がかかることを見越してのことなのだ。
「しかし、袖山さんは優秀な方です。得る情報は、全てが極めて精度が高い。つまり、『ロビン・フッド』との関連性がある小学五年生の女子児童が、春日小学校にいる――これは、揺るぎのない一つの事実だと断定していいはずです」
袖山自身のことは嫌悪しているが、あいつの能力と人脈による情報集能力は、信頼できると思っている。中島の断言は、間違いではないだろう。
「今の所、目ぼしい情報は、袖山さんのもののみです。このあたりから探ったほうがよろしいかと」
そこで、武藤が横槍を入れた。
「例のルカとかいう異世界人はどうなんすか? 『ロビン・フッド』との関連性があるかもって話っすよね?」
中島が答えようと口を開きかける。それを御神は手で制した。
「俺から伝えよう。ルカ・ケイオス・ハイラートついては、まだ動かないほうがいいだろう。『ロビン・フッド』との関連性は不明だが、仮にもルカは異世界人だ。下手に刺激するとこちらにリスクが生じてしまう。それに、もしも、本当に『ロビン・フッド』との関係性があった場合、無闇に突っつくと、我々の情報すら漏れてしまうかもしれない。時期がきたら私が対処しよう」
ルカについては、おいおい動いていいはずだ。少なくとも急務ではない。そしてなにより、武藤に言及したように、下手に刺激することへの懸念があった。
こちらは非力な人間の集団である。強大な力を持つ異世界人や『ロビン・フッド』を相手に上手く立ち回らなければならないのだ。相手がその気になれば、『武力』であっさり制圧されるのだから。
「一ついい? 皆は見過ごしているけど、袖山を殺した奴が『ロビン・フッド』っていう可能性を忘れているわ。そいつの情報を得ている最中だったんでしょ?」
しばらくの間、無言を貫いていた須川若菜が、思い出したかのように指摘する。
「忘れてはいません。しかし、先ほども言いましたように、袖山さんの殺害の件は、警察の情報待ちなのです。今の時点では、何ら断定はできないのが現状ですから」
須川は、中島の意見に対し、ため息をつくと、肩をすくめた。ハーフアップのポニーテールが揺れる。
「後手に回らなければいいけどね」
中島は須川の言動を無視し、仕切り直すようにして、円卓テーブルを見回した。
「それでは、最後の議題に入ります。これから『計画』を実行に移しますが、役割分担を決めたいと思います」
それから中島は告げる。
「袖山さんから得た情報を元に『探る』役は雨宮さん、李天祐さんのお二人方にお願いいたします。我々の正体が発覚しないのならば、手段は問いません」
「……俺の『警備会社』を動かしてもいいのか?」
李天祐がテーブルに両肘を突き、刺すような視線を投げかける。
中島は首肯した。
「もちろん。他にも繋がりがある方々を動員しても構いません」
中島の断言に、李天祐は頷いた。
「わかった。やろう」
李天祐の色よい返事を聞き、中島はニュースキャスターのような、爽快な笑みを浮かべた。
それから、雨宮に顔を向ける。
「雨宮さんはいかがですか?」
中島から尋ねられた雨宮は、息を吐き、フォーナインズの眼鏡をかけ直す。それから、レザーチェアに深く身を沈めた。
「私もやるよ。私の銀行の『資金』も利用しよう」
雨宮は、そう宣言する。中島は有権者から応援を受けた政治家のように、恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
そして、締めくくるようにして言った。
「言うまでもありませんが、お二人の『才能』も駆使して当たってください」
雨宮と李天祐は同時に頷く。
そのあとは、中島の采配による他メンバーへの役割分担が告げられ、迅速に事は進んだ。
御神の担当は、簡単な情報収集。今回の本命は、雨宮と李天祐にあり、言うなれば、御神はただのサポートとなる。
各々の役割の確認が行われ、それも落ち着き始めた頃に、会議は終わりを迎えようとしていた。
「そろそろDC会議を締めたいと思いますが、何か質問がある方はいませんか?」
御神が手を挙げる。
「雨宮たちに質問だが、どうするつもりだ? 相手は小学五年生だろう?」
中島からは、計画の提案がなかったため、完全に二人への一任となっているようだ。言い換えれば、丸投げである。
雨宮、李天祐は一瞬だけ、顔を見合わせると、李天祐が答えた。
「これから二人で計画の立案を行うが、多少は強引な手でも使うつもりだ」
先ほどの口ぶりから、李天祐は、彼自身が経営する『警備会社』も動かすつもりらしい。彼の『警備会社』にはすでに雇われた異世界人も在籍しているという。戦力としては不足はないだろう。
しかも『武力』はそれだけではないはずだ。
「『上海幇』や『新義安』の連中にも助力を請うつもりか?」
御神が尋ねると、李天祐は首肯した。
「もちろん」
突然、テーブルの向こう側で、須川が噴き出した。
「派手に動くわね。もしかしてテロでも起こすつもり?」
ふざけた口調で訊く須川に、李天祐は薄っすらと笑みを浮かべた。狐の面のように、細い目が、さらに釣り上がる。
「いい線いってるじゃないか須川。我々は、何でもやるよ。相手が小学五年生の女の子だろうとね」
くつくつと、李天祐は邪に笑い、雨宮もつられて笑みを浮かべる。
二人の行動を見ながら、御神は両名の言動が嘘ではないことを見抜いていた。
DC会議とそのメンバーが、これから本格的に『闇』の中へと深く潜り込んでいく様を、御神は強く予感した。
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