第10章

8/11
515人が本棚に入れています
本棚に追加
/147ページ
「あっ、似てました! そうそう、この人だ!」  スタッフが目を丸くする。一晴の絵を見たまま動けずにいた祥太郎は、彼女の言葉で勢い良く振り返る。窓ガラスの向こうに一度目を向けてから、スタッフに詰め寄った。 「どこに行った!? その客は何分前までここにいて、どこに向かった!?」  鬼気迫る表情で尋ねる祥太郎に、スタッフは困惑を露わにする。 「えっ、えっ……えっと、ほんのちょっと前までいらっしゃいました。ギャラリーを出たあと、窓ガラスの前を通り過ぎるのが見えたので、多分駅方面に向かったんじゃないかと……」  まだそれほど遠くに行っていない。祥太郎は弾かれたように出入り口に向かって駆け出した。戸惑うスタッフに振り返り、 「悪いが少し抜ける!」  と声をかけてアートギャラリーを飛び出す。  もう冬も終わるというのに、外は珍しく雪が降っていた。上着も羽織らずに出てきたので、祥太郎はニットに細身のボトムという軽装だ。右に左にと首を動かし、周囲を見渡してみるも、一晴の姿は見られない。祥太郎は白い息を吐きながら、とにかく駅に向かおうと走る。  一晴が来てくれた。あの絵を見てくれた。そう思うと心臓がバクバクと喚く。早く会いたい。一晴と話がしたい。  はやる気持ちのまま足を動かす一方で、ふいに祥太郎の耳に届いたのは雨音だった。 「え……」  祥太郎は当惑し、思わず足を止める。辺りに目をやるが、空から降るのは綿を千切ったような雪で、雨が降っている気配はない。どこかの店で、録音したものを演出として流しているのだろうか。けれどいくらそれらしき店を探そうとしても、聞こえるのは通り過ぎる人々の話し声ばかりだ。  一体なんだったんだ。不可解に思いつつ、祥太郎は足を動かし始める。けれど十メートルも進まないうちに、すぐにあの雨音が聞こえた。ぎょっとして再び立ち止まる。先程よりも音は大きく聞こえるのに、繁華街を歩く人々が空を気にする様子はない。  祥太郎は恐る恐る、両手で耳を塞いだ。雑踏の気配を遮断すると、音は一層クリアに聞こえる。祥太郎は硬直し、唾液を飲み込んだ。血の気が引き、指先が急速に冷える。間違いない。この音は自分の中だけに響いている。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!