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早速フタを開け、少量を手の甲に伸ばしてみる。
途端にココナッツとバニラっぽい甘い香りが漂い、クリームが肌に浸透していく。
うん、口コミ通りべたつかないし、匂いも良い感じ。
お風呂上りが楽しみ、と息を吸って香りを楽しんだ瞬間、湯下さんが思い切り顔を顰めた。
「くっせえー、なんだこの匂い」
うえ、と唇を歪ませてそっぽを向かれ、さすがに食事の席ではまずかったかと苦笑してフタを閉じる。
私は好きだけど、確かに好みの分かれる匂いかもしれない。
湯下さん自身、香水とかつけるタイプじゃないし甘いものが得意ってわけじゃないもんな。
バッグの中にクリームをしまってもまだ戻らないに表情に、名残惜しさを感じながらおしぼりで手をふいた。
「これ塗った後は湯下さんに会えないですね」
そろそろ乾燥が激しくなる季節だし、ハンドクリーム代わりに持ち歩くのも良いかと思ったけど。
軽く拭っただけじゃ全く消えそうにない匂いを吸って笑うと、湯下さんは残りのビールを流し込んでからこっちを見た。
「・・・別に。飯んときじゃなきゃ良いよ」
「えー、相当きつそうな顔してますよ」
説得力全然ありません、と笑って返せば、空のジョッキが机にぶつかり、くぐもった音が響く。
思わずハッとして瞬きをすると、湯下さんの唇が小さく動いた。
「良いから。つけてこい」
思いがけない命令を受け、返事が出てこない。
掠れ気味の語尾に湯下さんの感情がこもっている気がして、焦燥に似たものが湧いてくる。
湯下さん、もしかして機嫌悪いんだろうか?
昼間の態度しかり、このテンションの低さしかり、普段の彼とは結びつかない表情や声音の連続に私までうまく笑えなくなってきた。
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