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「湯下さん。外出ですか?」
顔を上げれば思い描いた通り、私を見つめている湯下さんがいた。
黙って立ち尽くすその手には、一緒に取材に行くときにいつも持っていたお馴染みのバッグ。
取材に夢中になると絶対置き忘れてくるから、大半は私が持ってあげてたっけ。
さて、一人で仕事するのも大分板についてきたかな?
普段より神妙そうな顔つきに、どこへ行くのか問いかける。けれど湯下さんは瞬きをするだけで口を開く気配がない。
「湯下さん?」
不思議に思って首を傾げると、小さな咳払いをして前髪をかき乱した。
「あ、うん。いつもの草野球。新チームと対戦するから見に来いって」
「絶対湯下さんも参加するパターンですね。替えのスーツあります?またスライディング連発しちゃだめですよ」
「うん」
「・・・気を付けて行って来てくださいね」
冗談のつもりで笑いかけても、湯下さんは「なんだよー」と口を尖らせることはしなかった。
調子でも悪いんだろうか?でも顔色は良いし、背筋もシャンとしている。
どっちかといえば勇み行くような表情にますます困惑していると、「お前も取材?」と聞かれた。
「ま、まあ、ちょっとした。もう終わりましたけど」
「ふうん・・・じゃ、ついてきて」
「え?」
「今度はこっちの取材」
いやいやいや。
そりゃため息とエルボーしか出ないアンハトに戻るよりは湯下さんのお供をしたいけど。
「駄目ですよ、もう部署違うんですから」
ジャンルが思いっきり違うから、情報漏えいの心配はない。
かといって休日ならまだしも、さすがに勤務中に仕事ほっぽり出してはいけないでしょ。
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