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「おまえが私のもとからいなくなってしまうことが、ただ怖かった」
「そんな……そんなこと、あるはずない……」
「知ってしまったら……これまで私がしてきたこと、これからしようとしていること、それを知ったら、おまえはきっと私を軽蔑する」
「総督……」
「それを言うのが怖かった。軽蔑されるのが怖かった。言って、おまえが私のもとから去ってしまったらどうしようと、怖くて怖くて堪らなかったんだ。だから、何も知らせないまま、おまえのくれる信頼の上にあぐらをかいて、一方的に手を放してしまった。何も言わなければ、きっとトゥーリは私をずっと愛していてくれるだろう、と。――それに……あんな想いをするのも、もう二度とゴメンだった。私が隣で一緒に戦えないのに、おまえだけを戦争の直中に置いていかなければならないなんて、こんなに怖くて堪らないことはない。自分の与り知らぬところでおまえに何かあれば、私だって生きていけない。自分の側に置いておけない以上、近衛騎士団に戻ってくれる道が、私が最も安心できる方法だったんだ」
見えなくても手に取るようにわかった。――きっと今、総督は泣いている。一人で。
絞り出すような声に、吐き出されるような言葉に、涙の色が混じっているから。
「ごめん、トゥーリ……私が弱いばかりに、おまえを傷付けて、本当にすまない……!」
俺は無言のまま、ゆっくりと絡みつく腕を解いた。
そうしながら視線を上に向ける。
唇を引き結んで俺を見下ろした総督の頬は、明らかな涙の跡で濡れていた。
おもむろに手を伸ばし、その流した涙の跡を指でなぞる。
ああ、このひとは、本当に俺を想っていてくれてるんだな。――それが、ストンと真っ直ぐに、胸に落ちた。
なぜこのひとは、自分の想いを表すのに、こんなにも不器用すぎるんだろう。
意地を張って、誤解を招いて、自分で自分を傷付けて、一人の殻に閉じ籠もって、それで一人で泣いて。
本当に世話のやける面倒くさいひとだ。
なのに、それすらも、こんなにもいとおしい。
「――俺は……」
ゆっくりと、慎重に言葉を選びながら、それを告げる。
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