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軍隊に男色は付きものだ。――そんなもの、知らなかったワケはない。
これでも丸三年、軍の末席に名を連ねて生活してきたのだ。女っ気の一切ない男ばかりの集団の中で、性欲のあり余った人間が取る行動など、想像に難くない。
これまでいた隊の中にも、実際にそういう趣向の人間もいたしな。
だから自分は、自ら進んで関わるようなことは無かったものの、そういった趣向に対してわりと理解のある方だと思ってきた。
――とはいえど……だからといって、これはあまりにもいきなり過ぎるんじゃーなかろうか。
夜も更けて灯りも最小限に落とされた薄暗い部屋の中、ただ一人取り残されて俺は、呆然として戸口で立ち尽くすしか出来なかった。
ここまで俺を連れてきた夜番の担当は、俺を部屋に押し込むなり、何の説明も無いままとっとと扉を閉めて去ってしまった。もはや去っていく足音すら聞こえない。
もしやの予感が今や確信となって、背筋に流れる嫌な汗が止まらない。
「――いつまでそこに突っ立っている気だ、アクス」
そんな俺に向かい、まさにしびれを切らしたかのように、部屋の奥から低い声が投げかけられた。
「早くこちらへ来ないか。――これは命令だ、早くしろ」
そうまで言われてしまえば、入団したばかりの下っ端が逆らえるはずもない。
覚悟を決め、進もうとしない足を何とか前へ動かすと、その声の主のもとへ俺はのろのろと歩みを進めた。
とにかく、すべては出世のためだ―――。
平民の自分が、この身一つで栄達を望むのであれば、軍に入るのが最も手っ取り早い方法だった。
軍の中でも、王の親兵たる近衛騎士団が、その最高峰。
それゆえ、多くは貴族出身者ばかりで固められ、平民にとっては狭き門このうえない。
平民の自分が近衛騎士団の一員となることは、目標でもあり、また栄達への第一歩でもあった。
最初は軍最下層の警備兵として配属され、街から街へあちこち転々としながら勤め続けて丸三年、ようやく上官の推薦も得られ、念願の近衛騎士団への入団も叶った。
それが、つい三日前のこと。
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