帰還

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夏の蒸し暑い午後だった。 通り雨が太陽に照らされて、大気は湿気を含んでむあっと不快な熱気。 埃と夏草の青臭さがさらに不快な気分を煽る。 このまま世界が終わるんじゃないかと思いながら眺めていた雨があっけなく上がってしまい、とても残念だった。 このまま終わってしまえばよかったに…… セミが鳴き始めた外を無感動に眺め、私は膝にのせたままだった小さな包みを懐にいれた。 荒れた畳を踏みしめて立ち上がる。 母から譲り受けた花嫁道具の鏡の前に立つと、憔悴した自分が映る。 鏡台の前に座るのはずいぶん久しぶりな気がする。 髪を丁寧にとかす。 幾分ましにはなったけど、長期の栄養不足で艶のある髪にはならない。 玄関に行くと新聞紙に包まれた野菜が置かれていた。 ここ数日外にでなかったから気づかなかった。 ご近所さんからのお裾分けは少し萎びていた。 野菜を包む新聞は少し前のものだったようで、大日本帝国軍が外国を攻撃する景気のいい言葉が並ぶ。 今はどうなのだろう。 ここのところ新聞も見ていないからわからない。 新聞ごと野菜を持ち上げるとガサガサと乾いた音のわりにずっしりと重たく、土の臭いがした。
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