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台所に野菜を運ぶ途中、廊下を挟んだ反対側の仏間の向こう側。
縁側のさらに奥、庭に人影があった。
抱えていたはずの野菜たちが、派手な音を立てて廊下に落ちる。
まだ青みの残るトマトはひしゃげることなく、ゴロゴロと転がった。
庭に向かって仏間を走って横切る。
舅と姑の位牌が並んだ仏壇に供えた線香の匂いがした。
目も眩むような強い夏の日射しのなかで、蝉時雨がゎんと頭に響く。
蜃気楼だろうか。
不意に怖くなって縁側で立ち止まると、その人は「やあ」と言った。
「やあ、呼んでも返事がないから台所かと思って」
丸い眼鏡の向こうで糸のように目を細くして微笑む。
薄汚れた軍服を着て、松葉づえをついていた。
「怪我をしてね、治療のために帰ってきたよ」
飛びついた私を、夫はよろけながら抱き止めた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
抱きついた夫から土と白檀の匂いがした。
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