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使者の役目を終えたアレクを、この場に留めたのは私である。私が『彼を側に付けておいてくれないなら帰る』とゴリ押しし、自分の側に付いていて貰ったのだ。――勿論、陛下は良い顔はしていなかったが、知ったことじゃない。
三人きりになって、ようやく陛下が、「久しぶりだね、レイノルド」と言いながら、私の傍らまで歩み寄ってきた。
「君のことを考えない日は無かったよ」
その手が、私の頬に伸ばされる。
「少し痩せたか? ――無理もない、お互い大切な人を亡くしたのだからな」
――そういうアナタは少しお太りになったんじゃないですか? お肌ツヤっツヤですよね!
とは、あえて言わないでおく。
その代わりに、黙って瞳を伏せてみせた。触れる掌に、頬をすり寄せるようにして。
「わたくしは、陛下を失望させてしまったことを、ずっと気に病んでおりました―――」
そう……まだ新王陛下が王太子だった頃の、中庭での一件。
アレクが私の護衛に付いたという噂に隠れてしまっていたが、このことも充分に、人の口から口へと伝わっていたらしい。
この一件により、私と陛下の関係に徹底的な亀裂が入ったのを、聞いた誰もが知ったのだ。
『さようならサイラーク宰相、私が王位を引き継ぐまでの間、良い夢を見ているがいい』
陛下の告げたこの言葉が、決定的だった。
衆目の前で、宣言されたにも等しい。――自分が王となった暁には、サイラーク、おまえなぞクビだ、と。
御代替わりに伴って失脚することがわかっている宰相になど、誰が媚を売っておこうと思うだろうか。
それでも、まだ四十五歳という若さで頑健だった前王陛下がいたからこそ、アレクとの噂に紛れてしまえる程度だったのだ。誰も、こんなにもすぐ御代替わりが訪れることなど、考えてもいなかった。
そして実際に移り変わった新王の御代で、私を気に掛ける者など居なくなった。
だからこそ、私は誰からも忘れ去られてひっそりと消えてゆける、と思ったのだ。
ああやって新王自身で、私を切り捨てたはずなのに―――。
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