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「あの時の私の言葉を、ずっと気にしていたのか?」
頬に触れる手がスッと肌を滑り、顎を軽く掴むような仕草で、私の視線を上に向ける。
「すまなかった。酷い言葉を言ってしまったと思っているよ。私も動揺していたんだ。君を信じていたから、余計にね」
「わたくしは……陛下の信用を裏切る真似は、決してしていないと誓えます」
「そうだろうとも。本当にすまなかった。君を傷付けた私を、どうか許してくれないだろうか」
「許すだなんて……そう仰っていただけただけで充分です」
「君は優しいねレイノルド。君はまだ、私を愛してくれているだろうか」
「ずっとお慕いしております、陛下」
「私も愛しているよ、レイノルド」
――なんて滑稽な。
こんなにも言葉だけが勝手に上滑りしていくのに、なぜ何も気付かないんだろう。
「嬉しゅうございます……やっと、報われた想いがいたします」
可笑しくて涙が止まらない。
なんで涙が、こんなにも満面の笑顔に似合うのだろう。
「ああ、泣かないでおくれレイノルド」
そして簡単に騙される。――本当にチョロイな。
感極まったように見せるためか、慌てたような仕草で陛下が私の身体を抱き寄せる。
もちろん私も、仕方なくその背中に腕を回した。
「本当は、君をずっと私の側に置いておきたい」
――嘘を吐け。とっとと目の届かないところにでも放り出したいくせに。
「だが、信頼している君にしか頼めないことがある」
――取ってつけたような口実だな。
「だから君自身に、カンザリアへ行って欲しいんだよ」
――そうまでして私に、今さら何を望む?
ゆっくりと、新王陛下が私から身体を離した。
すぐ近い位置から、まさに見据えるように陛下が私の視線を捕らえる。
そうしてから、重々しく口を開いた。
「レイノルド、君は……私が父を殺したと思っているか……?」
――『せっかく忠告してあげたのに……』
耳の奥、目の前に立つこの男から言われた言葉が、禍々しく甦る。
前王陛下が亡くなった、あの日。
擦れ違い様、誰に気付かれることもなく私にしか聞こえない声で、
それを、この男から囁かれた。
目の前に立つ、かつては王太子だった、この新王に―――。
『せっかく忠告してあげたのに……毒見はしなかったのか?』
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