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王を祝うために我が国を訪れていた各国の賓客たちは、その突然の崩御で、帰国のタイミングを失った。
そして、そのほとんどが葬儀に参列することになり、更には新王の戴冠式まで滞在し続けることとなった。
シャルハも、その中の一人だ。
賓客たちは王宮内の迎賓館に部屋を与えられていたが、あの彼のことだ、堅苦しいばかりの王宮に留まるより、住み慣れたユリサナ大使館へ居を移すことを選ぶだろう確信があった。
しかし、つい先日、待望の戴冠式も済み、賓客たちは徐々に帰宅の途につき始めている。
鳩に付けたその書簡が、正しくシャルハの手に届いてくれるか、それは一種の“賭け”だった。
――つまり私は、その“賭け”に勝ってしまった、ということか。
もう後戻りは出来ない。先に進むしかない。
徐々にこちらへ近付いてくるシャルハを、私は笑みと共に迎え入れた。
「初めてだな、君が手紙をくれたのは」
私の前に立ったシャルハが、こちらを見下ろして微笑む。
「会えてよかった」
おもむろに私の頬をかすめるようにして手を伸ばすと、背中に流していた長い髪の一房を梳くようにして、優しく握るように掴む。
それに、ゆっくりと自分の唇を寄せた。
もう何度も見慣れた、その彼の仕草。
最初は、何も知らなかった。知らぬまま受け入れていた。
シャルハも、私が何も知らないと思ってしているのだろう。
長い髪に口付ける。――それが、ユリサナでは当たり前である求愛のしるしだと知ったのは、いつのことだったか……。
その意味を知っても、私は彼を受け入れた。
私は何も知らぬと思わせたまま、シャルハを自分のもとに繋ぎ止める。
――彼の気持ちを、利用するために。
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