【3】

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    *  (いざな)われるままに微睡みながら、夢の中に彼を捜す。  鮮やかなまでに私の中に残る記憶、それが夢の中に彼の姿をありありと映し出す。  彼を想う私の心は、結局そこに帰ってしまうのだ。  トゥーリと共に過ごした、あのカンザリアでの日々に―――。 『本日付けでこちらに配属されました、トゥーリ・アクスです。総督閣下には、以後お見知りおきを』  初めて出会った、あの日のことを思い出す。  私がカンザリアに赴任してきてから、はや二年が過ぎ去ろうとしていた頃のこと。  新入りが来るとは聞いていたが、まさか自分付きにされるとは思わず、そんな挨拶を私は、背を向けたまま頭の向こう側に流して聞いていた。  こんな辺鄙なところまで左遷されてくる者の経歴なんて、気に留めてもいなかった。  ――まさか、騎士が赴任してくるなんて。  驚いて、そうして初めて彼とまともに向き合った。  真っ先に目を引いたのは、彼の持つ黒の色彩。  茶系の色彩が大多数を占めるこの国において、彼が髪と瞳に宿していた純粋な黒色は、とても珍しく、そして同時に、思わず目を奪われるほど、とても印象的だった。  日に焼けた健康的な肌と、軍人らしい大柄でがっしりとした逞しい体躯。そして、もと近衛騎士であるに相応しい、精悍な美しさまでもを、彼は有していた。  ――後から『どこまでも人並みな自分が近衛に入れたのは奇跡』などと自分を評したトゥーリほど、己が分かっていない者もいないのではないだろうか。  ただそこに居るだけで、自然と人を惹き付けてしまう魅力が、彼にはあった。  この私こそ、彼に惹き付けられてしまった一人だろう。  どことなく彼に惹かれている自分を自覚しながら……でも、身に纏う“柵”を開くことは決して出来なかった。  気付かれないように投げかけてくる、こちらを見つめる黒い瞳に、向けられる視線に、それが感じられてしまったからだ。――私が欲しい、と。
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