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これまで自分は淡白な方だと思ってきた。それを自分で処理することだって、ただの生理現象ゆえのことでしかなかったし、そう頻繁にあることでもなかったから。
――誰かを思い浮かべながらの自慰なんて、したこともなかったのに……。
トゥーリにだけだ、私がこんなふうになってしまうのは。
彼だけが、私を狂わせ、乱れさせる。
ただの上官と部下の関係で居続けることに、もう限界すら感じていた。
表面上は何事もないように平然を装いながら、なのに少しのきっかけですぐ薄っぺらい化けの皮は剥がれそうになって、またそれを必死に押し隠す。まるで綱渡りのような危うい日々。
しかし、それを正直に彼へ打ち明けることが出来ないくらい、私はあまりにも小心だった。
――いっそのこと、押し倒してくれればいいのに。
どんなに、それを願ったかしれない。
でも、これまで一度としてそんな真似に及ぶことのなかった彼が、これからだってそんな真似をするはずもない。
どうにもならないもどかしさを持て余して、とにかく私は、何かきっかけを探していた。
そして、私の自制の箍が外れたのは、彼の過去と、その心に抱える傷を、知ってしまった時だった。
『ただ愛されたかった、それだけのことなのかもしれない―――』
無表情なまでにそれを呟いた彼の姿に、とめどない愛しさが溢れた。
だから自然に、そんな言葉を洩らしていた。
『――おまえも可哀相な男だな……』
ああこいつも私と同じなのだな、と……それは共感や同情を超えて、ただ自分と重なり合った。
“母”と呼ばれるべき一人の女に縛られている私たちは、与えられる愛を知らず、そのくせ愛を欲しがっている、そうやって抱え込んだ傷は全きなまでに同じだった。
だからこそ、私は彼の気持ちがわかる。
だからこそ、彼を慰めてあげたくて、そして彼に慰めて欲しくて、堪らなくなった。
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