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『あんなに男嫌いを公言して憚らない総督が、それでも許しちゃう相手、だったんだなーとか考えたら……やっぱ幾ら過去でも、ちょっと妬けるなー……』
初めて身体を繋げた時。
私が男を受け入れたのは初めてでないと、見抜いた彼の、言ったその言葉に。
咄嗟に私は、『知りたいか?』と尋ねていた。
『聞いたところで、決して愉快な話でもないと思うが……おまえが知りたいのなら、話してもいい』
彼になら――私が信頼する彼であるなら、話してもいいかと、その時は思ったのだ。聞いてもらった上で、私にはおまえだけなのだと、それをわかってくれたらいいと思った。
だが結局は、こちらの気持ちを慮ってくれたのだろう、『今はいいです。総督が話したくなった時にでも聞かせてください』と言ってくれた彼の優しさに甘えて、話すことはしなかった。
しかし……こうやって幸せな日々を過ごしているうちに、もう話せる自信などなくなっていた。
彼のことは信頼している。それは変わらない。
そして、彼だけをこのうえもなく愛していることにも、何ら変わりはない。
だからこそ……怖くなってしまったのだ。
彼に出会うまでの私がしてきたこと、胸に秘めた望み、それを彼が知ったらどう思うだろうか、と……考えてしまったら、それを知られることが怖くなった。
知られて、それを軽蔑されて、私の傍から彼が居なくなってしまったら、と思うと……それからの日々を一人で生きていける自信さえなかった。
ただひたすらに怖い。私の隠している秘密を知られることが。彼を失ってしまうことが。
――何も言わなければ……ただ今の私だけを、トゥーリは愛していてくれる。
ゆえに私は、そこに逃げ込んでしまったのだ。
定期的にもたらされる情報から、もう嵐の訪れが近いことを覚っていたから。
束の間の幸せを、自ら壊すことなどはしたくなかった。
トゥーリが愛してくれている、それさえあれば自分は何でも乗り越えられるはずだから、と。
そんな根拠のない自信で、自身の小心さに蓋をした。
だけど結局は、色々な不安に堪え切れなくなって、彼の手を自分から放してしまったのだけれど―――。
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