【終章】

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 ユリサナ軍による襲撃の余波により、まだ王宮の警備態勢が万全ではないのが、その最たる理由だ。人手不足の折の人員補充のため、知名度の高いアクスが客寄せとして利用されることは当然であったし、また、王宮詰めの衛兵を統括するのも近衛騎士団の担う役割の一つでもある以上、今や参謀長ともなった彼がそれを一手に引き受けなければならないハメとなることも、まず間違いがなく。  ようするに、その問題を片付けない限り王宮から一歩たりとも離れることは出来ない、という状況に、いま彼は陥っているワケである。  既に提出されている辞表が、未だ受理されないまま俺の執務机の引き出しの中で眠っているのが、何と言うか、本当に心苦しい限りだ。  ――そこまで見越して与えた恩賞であったとしたら、やはりシャルハの性格の悪さは尋常でないということになるな。  それに加えて、俺が『カンザリアへレインに会いに行ってくる』などと告げようものなら、どんな恨みを抱かれるものか……考えるだに恐ろしい。  でも、大丈夫だ、おまえなら――おまえたちなら。  きっと迷いもなく、それを言ってあげられる。  アクス、おまえの帰る場所ならば、ちゃんと用意されているのだから、と。  レインが、それを用意して待っていてくれてるぞ、と。  だから安心していい。  おまえは、もうすぐ楽園を手に入れられる。 『――なあ、アレク……』  かつてレインが、問わず語りのごとくに洩らした言葉。 『楽園って、本当にあると思うか……?』 『楽園……?』 『苦しみのない、幸せしかない世界、なんだってさ。――そんな場所、どこにあるんだろう』  長椅子の上で膝を抱える彼の顔には、はっきりと疲労の色が浮かんでいた。  伏せられた瞳が、その長い睫毛の影を白すぎる肌の上に色濃く映す。
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