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「俺の母さんの家がなくなったとか、妙なことを言うのさ。何を思ったんだか」
ためいきまじりに言う父を無視して、私は母に顔を向けた。
「本当よ! スマホで確かめたんだから。おばあちゃんの家があったあたりが、大きな公園になっちゃって! 動画、見せてあげるわ。公園は出てこないけれど、そばの川もなくなって、長い遊歩道が出来ていて」
母は笑っていた。
「おかしなこと、言いだすのね。おばあちゃんの家のそばに、川なんてないじゃないの。もちろん、あそこの家は、どうもなっていないし」
私は、母の顔を見た。笑ってはいるけれど、真面目な顔だ。何だろう、この話の噛みあわなさ。二人とも、何か思いちがいをしているのだろうか?
私は食卓の自分の席に座りながら、口をとがらせた。
「あったじゃない! それなりに大きな川が。そりゃあまあ汚い川だったのは間違いないわ。とても、あんなところじゃ遊べないし。名前も知らないし。ちいちゃんとも、川で遊んだことは一度もなかったし」
「なんだ、その、ちいちゃんって?」
父が口をはさむ。
「おばあちゃんの家の右隣。岡田さんのところにいた女の子じゃないの。私の遊び友達で。ほら、あの頃、私、ほとんど遊び友達がいなくて、毎日のように岡田さんのところに行っていたじゃない!」
母はいつのまにか、顔から笑みを消していた。そうして父と顔を見合わせた。
「ねえ。おばあちゃんの家のことを言っているのよね・・・?」
「そうよ」
「右隣に岡田さんって人が、住んでいたってこと?」
「そうよ」
「そんな人、いないわよ」
食事の、最初の一口を口に運ぼうとしていた私の手がとまった。
「ないって・・・ちょっと、変なこと言わないで。私、今でもはっきり覚えているんだから。右隣は岡田さん。左隣は金井さんっていう、年輩のおじさんが一人暮らしで。それに、向かいは広い植込みが続いていてーーその向こうは広い空地だったでしょう?」
「・・・あのね」
席についた母の口調は真剣だった。
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