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「右隣は、ずっと空家よ。あなたには言わなかったけれど、あそこ、前に住んでいた人がおかしくなって・・・その、家のなかで首吊り騒ぎを起こしたとかで。それ以来ね。それから、左隣には、体の不自由な娘さんが住んでいたわ。気立てはよくて、裁縫教室か何かやっていたみたい。今は・・・どうかしらね。もう流行らないだろうし。おつきあいが途絶えているから。それにね、向かいは空き地なんかじゃないわ。どこかの会社の社員寮で・・・」
「お前・・・大丈夫か? 悪い冗談を言っているんじゃ、ないだろうな?」
黙っていた父が、そう言った。こちらも真剣に。教師のような顔つきで。
なんなのだろう。これは。話が噛みあわない、なんてレベルじゃあない。
私をじっと見つめている両親の眼がーー怖くなってくる。
「あの、あのね。私、今でもちゃんと覚えているのよ。ちいちゃんのことも。川のことも。もちろん、おばあちゃんのことも。そりゃ、おばあちゃんが死んだとき、私はまだ8歳だったし。それからすぐ、こっちに引っ越してきたけれど。それでもーーはっきりと!」
「いいかげんにしなさい」
低いけれども、重い口調で父は言う。
「さっきから聞いていればーー何なんだ、それは? 俺の母さんが死んだって? お前のおばあちゃんは、元気に一人暮らしをしているじゃあないか。馬鹿げたことを! それからーー何だって?
8歳くらいの時に引っ越しをしたって? ここに? それこそ、どうかしてるぞ。お前は生まれた時から、ずっとここで暮らしているじゃあないか。引っ越しなんて一度もしちゃいない」
「--え?」
私は自分の耳を疑った。父は今、何と言ったのだろう。
そうだ。さっきも母ははっきりと言った。おばあちゃんの家は、整理もされずにちゃんとあるって。
そして、その家におばあちゃんは今でも、元気で暮らしている。
それに、それにだ。
私はあそこでーーおばあちゃんの家で8年間、両親とともに過ごしていないということなのか。
今いる、この家にずっとーーずっと、暮らしてきた?
頭の中が、冷たかった。これは、どういうことなのだろう。
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