4人が本棚に入れています
本棚に追加
とも子。
何、それ。名前? 誰の?
ひょっとして、私のーー私の名前?
ちがう。『それ』は少なくとも、『ワタシ』の名前じゃあ、ない。名前なんかじゃあ。
その時、『ワタシ』は気がついた。
目の前にいる『両親』の、それぞれの名前。
それぞれの生年月日。
それぞれの趣味や特技や好物や、その他、もろもろのことごと。
『家族』なら知っていて当たり前のことごとを、確かな記憶として思いだせない。母は、そう、主婦・・・かもしれない。でも、そうじゃあないかも。根拠が、何にもない。
父・・・と思っていた、この人は教師?
どうして、そんな風に思ったのだろう? 思いこんでいたのだろう?
いつも、教師口調でしゃべるから? でも、その『いつも』のことが思い出せない。いつ、そんな口調でしゃべっていたものか。
ワカラナイ。
ココ二イル人ハ、誰ナノカ。『ワタシ』二トッテ、何ナノカ。
それどころか。
今、自分がいる家の住所も、電話番号も分からない。分からないのだ。ワカラナイ!
傍らにあるーーさっきまでいじっていたはずの、スマホのロック解除のパスワードすら。
それから、『ワタシ』が勤めているはずの会社のことも。
今日は仕事は休みーーそうだったはずだ。
それなら、私の仕事とは、どんなものだった? 会社ーーならば、それはどこにある? ビルは自社ビルだったか。どうなのだ。何という業種の、どんな名前の企業?
そうして『ワタシ』は、どんな職務を毎日、つとめていたというのだ。
オフィスは何階の、なんという部署でーー仕事の内容は? さあ、言ってみろ。答えてみろ!
それも・・・・・・どこかに消え失せた。
いや・・・・・・もしかしたら。
・・・・・・・・・・・・もしかしたら。
最初から『なかった』のだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!