建国王

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建国王

 喉に侵入した砂塵混じりの大気に()せる。石造りの床に突っ伏したまま、幾度も咳き込んだ。  黒く煙っていた視界が、徐々に回復しつつある。どういった理由からか、俺が墜落した場所には地下に空間が築かれていた。それが緩衝となってくれたらしいが、運が悪ければ即死だっただろう。 「相変わらずやることが雑なんだよな、あの女神様……」  毒付きながら、膝に手をついて立ち上がる。砂塵に白く覆われた躯を払っていると、ふと背後に気配を感じた。  振り返ると、そこには破壊された石棺。そして、その縁に寄りかかって立つ、一つの人影。揺れる肩と僅かに丸めた背から、その人物がくつくつと笑っているのだと見て取れた。  (くつろ)いだ衣装の袖から覗く手足は、丸太の如く逞しい。硬く張り出した両肩の上には、小振りな頭部が乗っている。太く筋が通った鷲鼻、びっしりと髭に覆われた堅強な顎骨は野生の肉食獣を彷彿とさせるが、張り出した眉骨の陰で鳶色に輝く瞳には不思議な愛嬌があった。  粗野な造形と無邪気さが同居するその佇まいに、既視感を覚える。 「お前、まさか…… ガーウェンか」  太い首を縦に振って、鷹揚に首肯する大男。その仕草から漂うのは、紛う事なき王者の風格。ようやく収まりつつある砂塵の中にあって、その体躯は(ほの)かに透き通り、(おぼろ)な輝きに縁取られている。  精神体(エスピリトゥ)。この世を去った者が、何らかの事由で現界するにあたって取り得る、形態の一つ。  もちろん、誰でもそんなことが出来る訳ではないし、どういった仕組みになっているのかは神のみぞ知る領域なのだろうが、この世界ではこういった事象が少なからず観測される。まぁ、俺自身が自然の摂理を大きく逸脱した存在なので、他人の事をどうこう言える立場にはない。 「かつての戦友が眠る墓に墜落させて、感動の再会を演出か。天秤の女神も粋なことをしてくれる」  地下霊廟だったと思われる、静謐な空間。その天井はいまや大半が崩落して失われ、丘陵地帯の草いきれと、夕刻の穏やかな斜陽に内部を(さら)している。  周囲に雑多な副葬品が散らばる中、思念体が顎で部屋の隅に転がる何かを示した。遠目に見るそれは土埃に(まみ)れ、緩やかに湾曲した黒い棒に映る。だが、そちらに歩み寄るにつれて、その形状が徐々に明らかになってくる。  棒状の物体の途中には楕円形の平板な部品が組み込まれ、そこから手前には組み紐状の材質が細く複雑なパターンで編まれていて、持ち手となっているのが見て取れた。楕円形の平たい部品を挟んで持ち手の反対部分は、細身の刃を収める鞘。  俺の中で最も古い記憶の一つが囁く。それは一振りの日本刀だと。 「……お前が持っていたのか」  悪戯を指摘された子供みたいに、少し困ったような微笑を浮かべる精神体(エスピリトゥ)。その手にはいつの間にか、見覚えのある幅広の長剣を携えている。かつて無数の戦場を共に駆け、立ち向かう者を(ことごと)く斬り伏せた建国王の洋剣。  踵を返した広い背が、地表への階段をゆっくりと登っていく。  お前は、昔からそうだった。互いの成す事に思う所はあれども、一人の剣士として斬り結べば、語らずとも全て伝わる。  石床の上に転がるそれに手を伸ばして、柄巻(つかまき)を軽く握る。俺がその感触を懐かしむ間もなく刀身を包んでいた土埃が霧散して、黒鞘が漆の深い光沢を取り戻した。  崩れかけの階段を踏み締め、地表へと出る。なだらかに波打つ丘陵地帯の果て、その身を沈めた斜陽は幽世(かくりよ)に青紫の薄明を残滓(ざんし)とするのみ。  刻限は、まさに逢魔ヶ刻(おうまがとき)。  王墓を示す石碑が屹立する丘にて、対峙する二人の剣士。木剣を初めて握る少年が如き無邪気さを互いの双眸に認め、口許に浮かべた笑みをさらに深める。 「()()めの相手として、不足はない。いくぞ、建国王 ガーウェン」  抜き放った刀身が、夕陽の残光を受けて黄金色に(ひらめ)いた。
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