風吹く丘

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風吹く丘

 低く垂らした抜き身に  相手の初撃を誘う  臆すことを知らぬ巨躯から  膂力(りょりょく)(おご)らぬ錬磨が研いた  刺突の一撃が放たれる  薄線となって迫る幅広の両刃刀(ブロードソード)の先端を  半歩ずらした踏み込みで(かわ)す  無防備に誘う脇腹に斬り上げた白刃が  手首の返しと共に鍔元で弾かれる  その反動を利用して跳び退(すさ)り  間合いを探る此方に  息も吐かせず迫る追撃の刃  様子見の児戯など要らぬと  (さか)(けだもの)が如き律動が  抜き身の鋼を伝って空気を震わせる  至近距離にも関わらず劣らぬ刃勢  知らずに緩めた頬に剣圧を感じながら  こちらもさらに間合いの奥へ  中段から斬り下げられた切っ先  廻り込んで(かわ)す  (ひるがえ)した手首で眼前に迫る白刃  膝を折ってその下方に潜る  軌道の最中、尋常ではない膂力に静止した切っ先が  鎖骨から肩胛骨を貫く突きに変貌する  半身を捻ってやり過ごす反動のまま  眼前に聳える大腿部に()ぎの一閃  瞬発の跳躍で躱して宙に舞った王者が  逆手に握り直した刃と共に  猛禽の如く襲い掛かる  巨漢に似合わぬ出鱈目(でたらめ)な身体能力に舌を巻きつつ  地を蹴って胸部目掛け放つ  相似の剣筋は逆刃の一突き  地に着いた脚を即座に踏み換え  背後に立つ相手の気配、その喉仏めがけて  振り向くことなく倭刀の切っ先を奔らせる ――――――  王墓に駆けつけたフィオナ他、国境警備隊員の数名が目にしたのは、風吹く丘に舞う二人の剣士だった。  一人は長身痩躯、黒髪の剣士。  見慣れぬ形状の細身の片刃刀を、未知の剣術で緩急巧みに操る。  そして、彼に対峙する、もう一人の巨躯の剣士。 「あれは、まさか」  隊長のフィオナ、参謀のダレルは無論のこと、その場に居合わせたすべての王国兵士が同じ言葉を飲み込んだ。王宮に残された壁画やタペストリー、そして、アルタイル王国民ならば誰しもが子供の頃から親しんできた建国の歴史に(まつ)わる絵巻物。  眼前で鬼気迫る剣を振るう、あくまで愉しげなその姿が。  あまりにも、彼の人を彷彿とさせるが故に。 「おぉ……」  呆然と立ち尽くす王国兵士の内にあって、フィオナは戦慄に身の震えが止まらず、ダレルは彼自身が知る由もない感情に頬を濡している。  二人が振るうのは、いずれも身に受ければ生命を断つ一撃。  それにも関わらず。斬り結ぶ二人の間に流れるのは、チャンバラごっこに興じる少年達の様な、無邪気な交歓。  やがて、空に舞った大柄な剣士と、地を蹴って跳躍した痩躯の剣士が、中空にあって交差する。  地平線の果てに去った夕陽の残滓が、末期の輝きと共に大地から失われた。  着地する刹那、振り向きざまにそれぞれ白刃を走らせる。互いの首元に切っ先を突き付けたまま、微動だにしない二人のシルエット。  王墓の丘に、風の音だけが吹き抜ける。  掲げられた逞ましい腕から滑り落ちる建国王の剣を、国土の下草が優しく受け止めた。乾いた笑みを浮かべ、光粒となって霧散する巨躯の剣士。  それを認めた黒髪の剣士が、おもむろに左腕を(かざ)す。その手首に蛇が這う様な緋色の幾何学模様が浮かんだかと思うと、中空に舞う光粒がその掌底へと吸い集められていく。  誰もがその不思議な光景に呆然と見入る中、ただ一人、参謀のダレルが憤怒の叫びを上げた。 「その者を捕らえよ! 王墓掠奪の罪により、身柄を拘束する!」
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