1-1.駅での待ち合わせ

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 父親である地頭方一郎は、とうとう死ぬまで自分と顔を合わせてくれなかった。だが、恨んでいるかというと実はそうでもない。仕送りを欠かしたことがないからだ。しかも、祖父母の話によると、相当な額でかつ今でも支払いは継続されているらしい。  ということは、一度も顔を見たことの無い父親は相当な資産家だったということになる。幸いなことに、自分は嫡出子で財産を譲り受ける権利が法的にあると言う説明も、父親側の弁護士である門真麻衣さんから明言されている。  その財産をちびちび食い潰して、生きることが出来たら? 最高だ! 一度も見たことのないお父さん。ありがとうございます! これから僕はあなたの財産で幸せに生きていきます。  にやつきかけた顔を、慌てて悲しそうな感じに修正した志光は、駅の時計を見上げて時間を確かめた。  午後十二時二十五分。まだ約束の午後一時まで三十分以上もある。少年は肩に提げていたえんじ色のリュックサックを下ろし、中から一冊の本を取り出した。本の表紙には『たった1分で好感度があがる話し方』というタイトルが印刷されている。  弁護士と電話で話をして、まともに会話が出来なかった翌日、本屋まで飛んで行って探してきた話し方の本だ。この本に載っていた「メラビアンの法則」によると、コミュニケーションにおいて相手が影響を受けるのは、55%が視覚からの情報、38%が聴覚からの情報で、話の内容は7%に過ぎないのだそうだ。  弁護士は対価をもらって自分の相手をしてくれるのだから、邪険に扱われることは無いと思うのだが、何のかんの言って人間は感情の生き物だ。好印象に見えて損は無い。  つまり、都内の女子高生がやっていることは正しい。そして、遺産をスムースに受け取りたいと思っている自分も「メラビアンの法則」を知って彼女達と同じような戦術を採ることにした。  まず、わざわざ家から離れた流行りの美容室まで行き、髪型と眉毛を好青年っぽく整えて貰った。大事な初期投資だ。ちなみに、翌日に学校へ行ったらシコリティと呼ばれなかったので、それなりの効果はあったようだ。  服装も最初はスーツにしようと思ったのだが、祖母から「着慣れていない服を着ると、かえって不自然よ」と忠告されたので止め、いつも着ている学生服にした。
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