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37-9.ゲート占領
「ウニカ。掻楯と敵の距離が、一回のジャンプで届くようになったら突撃を頼む」
「……」
無言で頷いた自動人形は、即座に隊員たちの背後についた。
「そろそろアタシも出番か」
麻衣も邪素の補給を終えるとウニカの後に続く。
銃撃戦に参加している女性隊員たちは、背後にいる一体と一名に気づくと、何をすべきか悟ったようだった。
彼女たちが一旦銃撃を止めて後ろを振り返ると、麻衣は指先で左側を指し示した。女性隊員たちは頷くと前を向いてタイミングを合わせ、掻楯の左側から一斉に射撃をする。
それとほとんど同時にウニカが掻楯の右側から飛び出した。自動人形は壁を蹴って方向を変えると、通路の奥にある仮眠室に侵入する。
仮眠室には、ベッドを縦に置き、その裏側に鉄板を貼り付け楯代わりにして、対戦車ライフルで射撃をしていたホワイトプライドユニオンの悪魔が五人ほどいた。ウニカは彼らの頭上から降ってくると、その中の一人の頭部を貫手で串刺しにする。
この一撃が戦況を一挙に変えた。混乱した悪魔たちが自動人形を排除しようと身体の向きを変えたところで、今度は麻衣が彼らの中に飛び込んでくる。
一体と一人は、あっという間に四人の敵を片付けた。その間に掻楯が前進し、背後にいた女性隊員たちを引き連れてくる。
これで、仮眠室の援護をしていた武器庫の悪魔たちが総崩れになった。士気を失った彼らは散発的な射撃をしながらゲートのある部屋まで撤退する。
恐らく、ゲートを利用して魔界に逃げ込むつもりなのだろう。
敵の行動を予測した志光は、思わずその場から立ち上がりそうになった。
ホワイトプライドユニオンの悪魔たちが魔界に逃げるのであれば、すぐさま彼らの後をついていくことで、安全に前進が出来るはずだ。しかし、ここでみすみす敵を逃がせば、魔界でも現実世界でも無い通路に、大量の障害物や爆発物が仕掛けられる危険性が高い。
そうなったら、敵の罠を除去しなければならない分だけ侵攻が遅れてしまう。一刻でも早く、ゲートのある部屋に入らなければならない。
志光は判断を仰ぐため、麻衣の顔を見た。殺戮から戻ってきた赤毛の女性は、敵の動きを眺めながら少年に語りかける。
「棟梁。キミが敵の棟梁なら、自分の師匠格を残してゲートを遮断することができるかい?」
「麻衣さんをですか? 死亡が確認出来るまでは無理ですね。後で生きていたことが分かったら、いくら後悔してもし足りないでしょう」
「キミは良いことを言うね。敵の棟梁も、フッドに同じ気持ちを抱いていると思うかい?」
「だと思いますが」
「じゃあ、フッドが死亡したという事実が確定するまでは、魔界と現実世界を繋ぐゲートは開かれていることになるね?」
「そうですね」
「だとしたら、アタシたちがやることはたった一つだな」
「ここにいる敵が魔界に戻るまでに殺す?」
「話が合うじゃないか。以心伝心ってヤツだ。後はタイミングだな」
麻衣はそう言うと、またしてもどこから持ち出したのか分からない酒瓶の蓋を開け、アルコール度数が九十%を超える液体を一気に飲み干した。もう、理性は必要ないと言うことだろう。
志光は彼女を咎め立てせず、タングステン製のドリルピットを握ってチャンスを待った。掻楯は同じペースで前進を続け、クレアと麻衣の部下たちはその後ろに隠れて射撃を継続する。
しかし、魔界日本の魔物がゲートが設置された部屋に入ったところで、彼女たちは一斉にライフルを捨てて相手に組み付いていった。敵も銃器を捨てて格闘に応じたが、その中の二人が合わせ鏡で作りだしたゲートをくぐって逃亡を試みようとしている。
志光は白人悪魔の背中を見るや否や、大股で走り出した。彼の後を麻衣とウニカが追う。
青く輝く通路は蒸し暑く、大塚と同じように馬蹄型の舗装が施されてあった。志光は遮二無二敵の後を追った。跳ねるように勢いよく走っているうちに内臓が揺さぶられ、腹痛が起きるが歯を食いしばって左右の足を動かし続ける。
敵の後ろ姿は見えるが、走りながらタングステン棒を撃つのは難しい。身体が上下に動いている分だけ狙いが定まらない。
だが、このままでは敵はやがて魔界に到着してしまう。ゲートの陥落が伝われば、ゲーリーはフッドを見殺しにしてでも魔界と現実世界を切り離そうとするだろうし、そのための手段は既に用意されているはずだ。
志光は走る足幅を一定にして、自分が飛び跳ねるタイミングを計り、何度目かの頂点でタングステン棒を発射した。
「シッ!」
ドリルに偽装した弾丸は、一人の悪魔に命中して黒い塵に変えるが、残った一人は緩急を付けて走ることで少年の攻撃を避けようとする。
このままでは当たらない。
志光が焦っていると、彼の脇にクレアが現れる。
「ハニー。当てられないの?」
「自信が無いです!」
「じゃあ、このまま突っ込みましょう。敵が迎撃を準備していなければ私たちの勝ち、していれば負けよ」
「す、凄いギャンブルですね」
「生きている実感が味わえるでしょう?」
「確かに!」
「棒は二本用意して。魔界に出た途端に、狙いを定めず腰だめに撃つのよ」
「はい!」
二人は言葉を交わしながら走る速度を緩めなかった。彼らの背後をウニカ、麻衣、ヘンリエット、ソレルがついてくる。
志光は一瞬だけ背後を振り返り、
「とんでもない博打だな」
と独りごちた。
もしも、敵が坑道に向けて撃ったのと同じ機関砲を魔界の出入り口にも用意していれば、魔界日本の棟梁と彼の許嫁、護衛、優秀な軍事指導者とアドバイザー、偵察のトップが一気に死亡することになる。しかし、魔界日本で最も強力なユニットが、この組み合わせなのも事実だ。
志光はタングステン棒を両手に持ち、賭けの最後の局面に備えた。そして、ついに目の前を走っていた悪魔の姿がふっと消える。
志光は速度を落とさず、そのまま魔界に突っ込んだ。少年は背後を追走していた仲間との距離を考え、四~五メートル進んだところで止まり、狙いを定めず腰だめにしたタングステン棒を、二本同時に発射する。
魔界の出入り口には、武装した白誇連合側の悪魔が七人ほどいた。その中の一人の腹部に志光が加速させた棒が直撃する。
悪魔の胴体は上下に分割し、断末魔の悲鳴を上げるまでも無く黒い塵と化した。残った六人が唖然としているうちに、少年の背後から現れたウニカが彼を追い抜かし、走る勢いを利用して側転し、身体を真反対に向けたところからバク転を始め、両方の踵を一人の悪魔に叩きつける。
自動人形の足が顔面にめり込んだ悪魔は首の骨を折ると直ちに消滅する。二人の仲間を失ったWPUの悪魔たちは、しかしその場にとどまり、対戦車ライフルを投げ出すとナイフや斧を持って白兵戦を挑もうとする。
そこに、クレアと麻衣が現れた。背の高い白人女性は下刈鎌のような武器を振り回し、赤毛の女性は両拳を突き出して彼らに応戦する。
志光は二人と一体の戦う姿を見ながら、新たなタングステン棒を腰袋から引っ張り出した。彼が次の標的を選んでいると、今度は大工沢とヘンリエットが登場する。
これで敵は五人、こちらは六人となり、数的な優位が成立した。志光はすかさずバックステップして視野を確保すると、ヘンリエットに挑みかかった白人の悪魔に狙いを付ける。
「シッ!」
少年が歯の間から息を吐くと、男の頭部が一瞬で消え失せた。敵が黒い塵に変わると、志光の援護を察したヘンリエットが正面を見ながら礼を言う。
「ご主人様、ありがとうございます!」
「前に気をつけて!」
「はい!」
許嫁はライアットシールドに隠れながら、大工沢と並んで戦闘を再開する。その間にも麻衣とウニカ、クレアが敵を仕留めていた。これで、残りはたった一人だ。
ホワイトプライドユニオンの悪魔はきびすを返して、その場から逃走した。しかし、彼の姿が見えなくなる前に、背後に控えていた麻衣の部下たちが対戦車ライフルを打ち始める。
その中の一発が命中したようで、敵はくずおれると消滅した。
志光は大きく息を吸って緊張から抜け出した。邪素の甘い匂いが鼻をつく。
間違いない。ここは魔界だ。
池袋ゲートを抜けて、目的地に辿り着いたのだ。
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