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38-2.僕の初体験
視察を止めて黒鍬組が突貫工事で造った塹壕に戻った志光は、己の姿を敵から隠すために身を屈めた。戦闘を目視出来ないとぼやいていた少年も、身の安全を確保しようとするのは他の悪魔たちと何ら変わらない。
ここは戦場だ。肌の色が白いか黄色いか、棟梁かその臣下にかかわらず、攻撃が当たれば怪我をするか死ぬ。
志光は狭い塹壕の中で、ボクシングの練習のように忙しなく身体を振った。彼の様子を見ていたソレルが苦笑しながら声を掛ける。
「ベイビー。落ち着きが無いわね」
「そりゃそうでしょ。外に出て双眼鏡を覗いても、何も解らないんだから」
「焦らないで報告を待ちなさい。貴男には判断を下す役目もあるんだから、他人に任せることも大事よ。いつも先頭に立って偵察をしたり戦ったりするのには限界があるわ」
「まあ、そうだけど……」
「塹壕戦には、麻衣だけじゃなくて新垣さんも参加しているんだから、心配する必要は無いわよ。あの二人だけで、ここにいるホワイトプライドユニオンの悪魔を全員足してもお釣りが来るわ」
「二人の実力は解ってるよ。でも、この目で見ないと安心出来ないというか……」
志光がそこまで言いかけたところで、何故か塹壕に湯崎武男が現れた。魔界側からの攻撃を指揮しているはずの中年男性は、どういうわけかソレルの豊かな乳房を両手で揉みしだきながら少年に語りかける。
「坊主、不用心だな。この塹壕を砲撃されたらどうするつもりなんだ」
「あ、あの……なんで湯崎さんがここに?」
不意を突かれた志光は、あんぐりと口を開けて湯崎に質問した。ごま塩頭は相変わらず褐色の肌の胸部についた特大のお椀を揉みつつ返答する。
「上陸拠点を抑えていた敵の塹壕攻略に目処が立ったから、今後の作戦会議をしに来たんだ。俺のスペシャルが何なのかは知っているだろう?」
「相手の認識から自分を消す能力ですよね? それを使ってここまで来たんですか?」
「そうだ。塹壕に邪魔されなければ、一五分もかからない距離だからな。最近、戦闘に次ぐ戦闘でおっぱいもご無沙汰だったし、そろそろ痴漢がしたいというのもあった」
湯崎は悪魔らしく堂々と自己の犯罪的な性嗜好を口にすると、更にソレルの乳房を鷲掴みにする。さすがに怒った褐色の肌が嫌悪の面持ちで肘鉄を食らわすが、彼は笑顔で被害者の暴力を甘受する。
「そう、その顔だよ。驚くか嫌がってくれないと興奮出来ないんだ」
「知ってるわよ! 私も大概だけど、貴男には敵わないわ」
「親子二代に愛人として仕えている奴の方が、痴漢よりも少ないと思うけどな」
憎まれ口を叩いたごま塩頭はようやくソレルの乳房から手を離し、志光に向き直った。彼は名残惜しそうに両手をこすり合わせつつ、少年に状況を説明する。
「さっき、こちらの部隊を極端に散開させて、敵の塹壕に突入させた。これ
で、三重になっている塹壕の最前線に俺の部隊が、最後尾に麻衣たちが入って
敵を掃討していることになる」
「残っているのは真ん中ですか?」
「相打ちをしないように細かい調整が必要だが、後は前後から挟み撃ちにすれ
ば終わりだ」
「そうなると、残りはプレハブ住宅と邪素製造工場になりますね」
「そうだ。ここから敵の本拠地まではブービートラップがてんこ盛りだろうから、それらを除去していく必要がある。後は敵が塹壕に救援部隊を派遣できないように、再度の砲撃が必要で、その準備は既に始めている」
「ありがとうございます」
「礼は良いが、浮かない顔をしてるな。何かあったのか?」
「いや、ゲームとかなら、こういう大詰めは敵が待ち構える大きなお城なんかに突入するのになあ、と思っていただけです」
「見た目のハッタリがないってことか。むしろ『硫黄島』か『阿部一族』みたいな感じだもんな」
「まあ、立て籠もった敵と戦うという意味ではそうですね」
志光が雑談に応じると、湯崎ははっとした面持ちになった。ごま塩頭は手を叩くと、少年に言付けを述べ始める。
「そうだ。忘れていた。補給をしている最中に、大蔵から言付けを頼まれていたんだ」
「大蔵さんから? なんですか?」
「坊主の影武者が、そろそろ彼女と初体験を済ませたいから、場所はどこにするのかという指示を仰いできたきたらしい。自分の家か、彼女の家か、夏休みの旅行先かってことらしいんだが……」
湯崎の説明を聞いた志光の顔が、薄暗い塹壕の中で悪鬼のように歪んだ。少年は薄笑いを浮かべながらごま塩頭に回答する。
「大塚のラブホテルが良いですね。二人が入室したら、僕も同じ部屋に入って二人を重ねて四つに切ってやりますよ」
「小僧……さすがの俺も、それはちょっと引くな」
「じゃあ、湯崎さんに訊きますが、この魔界の塹壕で敵の攻撃に怯えながら、白人至上主義というゴミみたいな思想信条の持ち主と殺し合いをしている僕と、彼女を作って大学受験も成功、いよいよ甘酸っぱい初体験をする段階の影武者と、どっちが幸せだと思いますか?」
「俺は痴漢が出来る方だな」
「貴男の性的嗜好を訊いてるわけじゃ無いんですよ! 世間並みの幸せがどっちかという話をしているんです」
「世間並みの幸せが欲しいなら、悪魔になったりしねえよ。俺は社会的地位や家族よりも、痴漢を選んだ男だぞ」
「ちっとも自慢になってないよ!」
「坊主だって、親父の遺産欲しさに埼玉の奥からのこのこ東京くんだりまでやって来て、クレアにそそのかされて悪魔になっちまったんだろう?」
「……まあ、その通りですが」
「だったら、坊主の嗜好で決めれば良いじゃないか。初体験だという点に嫉妬しているということは、ひょっとして処女が好きなのか?」
「ベイビーは誰専よ。SでもMでも大丈夫で、ロリータから熟女までオッケーの、よく言えば偏りの無い、悪く言えば定見の無い性癖よ」
「それじゃあ、何の問題も無いだろう。処女じゃないと嫌なのかと思ったぜ。もっとも、若い方が驚き方が派手だから、痴漢しがいはあるんだけどな」
「最低過ぎてコメントのしようがありませんよ……」
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