序章 魂は語る

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 また、当時の私は高祖の傍らにあって、漢の政治の採るべき方向性を定める役目を仰せつかっており、日夜高祖を相手に古代の聖人の業績を説明したりしていた。しかし生来そのようなものを顧みることのなかった高祖は、教条的な私の話を少しも好まなかった。 「先生よ。もっとこう……具体的な話をしてくださらんか。わしが天下をとったのは、学問に通じていたからではなく、常に戦地にこの身を置き続けたからなのだ。わしはそのことを誇りとしている」  つまり高祖は、自分は古代聖人のまねごとをして天下をとったわけではない、と言いたいようであった。馬上で天下をとった自分に学問など不要、そんなものは無用の長物であると主張していたのである。そのときの高祖の態度は、言葉こそ丁寧であったが、無法者が悪態をつくようなそれに近かった。よって、私はすこぶる恐怖を感じた。  しかし、このとき私がとった態度は、我ながら人臣として誇るべきものだったと思う。私は恐怖に震える心を抑え、高祖にひとつの諫言をした。 「馬上で天下をとったとしても、馬上で天下を治めることは不可能です。文と武を併用することこそが、天下を長く保つ秘訣ではないでしょうか。考えてもご覧なさい。秦は武によって天下を統一しましたが、その後彼らが仁義を用いて天下を治めていたら、世は乱れませんでした。よって陛下の出番はなかったのです」     
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