序章 魂は語る

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 あえて言うが、私が仕立てた書には決して虚言ばかりが綴られているわけではない。しかし、真実の多くには蓋がされている。建国の成功に伴う裏の事情はなにも存在しないことになっているのだ。だが、それは確実に存在していた。  私が思うに、漢王朝成立の裏の事情を象徴する存在が、淮陰侯韓信である。彼の残した輝かしい功績は、当時の人々の誰もが知るところであった。しかし、なぜ彼が死なねばならぬことになったのか、正確に説明できる者は非常に少ない。  先にも述べたが、私は生前の彼に一度会って話をしている。その後に彼が迎えた非業の最期を私が予期していれば、後の世界は長い停滞を迎えることなく、発展していたかもしれない。私は一生の間、その思いを捨て去ることができなかった。  私の人生は概して満足できるものであるはずだった。しかしこの一点のみが深く私の一生に影を落としている。あるいは私に人の心が読めたなら、生前の彼が言った「尽きることのない人の戦い」を止めることができたかもしれない。少なくとも彼のような素晴らしい男が死後に逆臣という汚名を着せられることなど、避けられたはずであった。しかし、そのようなことは望めようはずもない。私は後悔を抱えながら、結局老衰で一生を終えることとなった。     
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