私設労働基準監督事務所.(ピリオド)

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私設労働基準監督事務所.(ピリオド)

 「せやな、あんたの言う事はもっともや。今の日本の現状はそんなもんやな。」 おっちゃんは、そう言うと水割りのお代わりを頼んで、新しい煙草に火を点けた。 「地方には一番にその典型ができるんやろうけど、着実に労働環境は悪くなってるわな。都会じゃ、待遇の良い会社もまだあるから、低賃金労働で格差社会とか言われても、まだまだ他人事の様に思ってる人が多い。けど、地方じゃその格差がわかりやすくなって来てる。労働者が低賃金で雇用されている割には、やたらと外車が多いやろ。経営者やその家族は意外と金持ってんねん。元々の土地持ちも多いからな。持つ者と持たざる者が、狭い場所やから、区別がつきやすいねん。ま、区別のうちはまだええけど、それが段々差別になるやろ。」  おっちゃんの左手は、ぶらりと椅子の下まで垂れている。例の爆発で逃げる時に、飛んできた車のドアを避けた時に、痛めたのがまだ治っていない。  結局、あの爆発は全て山名のやった事になっていた。あの後、例の外国の組織からの犯行声明が出て、山名と組織の協力者がやったという話になっていたから、おっちゃんと僕が手伝った事は警察が見落としてしまった。というよりも、おっちゃんに、労働基準監督業務を民間委託している政治家や公務員のグループと利害が一致していたから、裏で圧力がかかって深追いをされなかったらしい。 「暫くはわいの傍におった方がええで。」 そう言われて、あれからずっとおっちゃんとつるんで仕事をしている。  今回は、ある地方の「地方創生事業」を委託されている企業に潜入していた。  毎年同じ企業が、数か月の委託を受けて事業運営をしているが、どうもその労働実態が酷いらしい。厄介な事に、公共事業がらみで地方自治体が関係しているから、政治家や公務員がグルになって現場の過剰労働を隠している。その実態を調査して報告するのが今回の仕事だ。
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