1人が本棚に入れています
本棚に追加
「神原、何してんの?」
大学構内の中庭で、大きな広葉樹の下に設けられたベンチに座り、スマホの画面を見ながら一人で大爆笑している神原を見つけた。
仮に、ここで俺が他人のふりを決め込むと、神原は「ただの変な奴」になる。俺が親しげに一声かけ、意思疎通を図ることで、神原は「ただの面白い奴」になる。神原に出会ってからずっと、こいつを「ただの面白い奴」に仕立て上げることが、俺の使命だ。
「バッタがね。跳ぶ動画見てる。スローのやつ」
制御できない笑いに支配され、体力を相当奪われたのだろう、気だるげな神原は目尻に涙を溜めながら俺に動画を見せてくれた。43秒の動画で、単子葉類の葉にとまっていたバッタが右側に跳び、画面から消える。とりあえずは最後まで見終わったが、やはり疑問が残る。
「……これ、本当にそんなにおもしろいか?」
「いや、オレだって最初はただただ気持ち悪かったさ。けれど……」
リピート機能をオンにされたプレイヤーが、否応なしに動画を繰り返す。耐えかねた神原が、腹を抱えて笑い、息を使い切っても笑い、酸欠で顔が赤くなっていく。
「はーっ!なんかさ、うももももふぁさふぁさー!って感じでさ、そうやって見てたらツボに」
神原の説明ではよく解からなかったが、所詮、「笑い」というのはよく解からないものだ。その人が「おもしろい」と思ったものは、とにかくその人の中ではおもしろいのだ。
リピート再生でまた、笑う準備を始めた。神原は腹筋をねじ切るつもりだろうか。俺はジーンズのポケットからスマホを取り出す。
ひとしきり笑った後、俺の行動に気づき神原が問うてくる。
「何やってるん?」
「バッタの動画を見て爆笑する神原の動画を撮影中」
「君って、ユニークだよね。撮れたの見して」
ユニークなんて単語を神原の口から聞きたくはなかったが、撮れたての動画を見せた。
「えっ、オレ、きもちわるい」
サムネイル画像に騙された経験を男子なら誰でも持っているのではなかろうか。素敵な笑顔をこちらに向けているサムネイルの、三角のマークをタップすると、上半身を前後に揺らしながら声にならない笑い声をあげている神原の姿が再生される。
最初のコメントを投稿しよう!