12. まひる

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「新米のヒノヒカリで握ったで。中身ないけど、むしろないほうがええやろ。ほんで寒いけん、あったかいお茶な」  ステンレスのボトルが温かくて、冷えた手の平にじぃんと熱が広がった。 「あ、ありがとう」  なんて出来た奴だ。思わず涙が滲んだ。 「帰って来たら髪の毛切ってな」 「そやな、また五右衛門みたいな頭になっとるもんな」  剛は俺の手の上で広げている弁当箱を丁寧に包みなおして、紙袋に一式詰めて改めて手渡してくれた。 「まひるが東京行くんは寂しいけど、まひるがカリスマ美容師になるん応援しとるけんな。心配せんでも俺はまひる一筋やけん、心置きなく頑張ってこい」  世の中にはさぁ、世界を股にかけるスーパーサラリーマンとか、医者とか、エライ奴はいっぱいおるんやろうけど、農業する人やっておらんと成り立たんと思うねん。  政治家や芸能人が毎日食っとる米やって、誰かが汗水垂らして作んりょるやん。  まひるがせっせと誰かの髪切って、ああ、疲れたなァと思った時に食べる米が俺の作った米やったらええなって思うんや。  縁の下の力持ち、的な。 「もし俺が挫けて途中で帰ってきても? なんもせんとボーッとしとっても、米くれる?」 「当たり前や。俺が毎日食わしたる。俺の専属美容師になってもええで」  なんだか偉そうに言うのが可笑しくて、少しだけ噴き出した。 「そら、どうも。まあその心配はないと思うけどな。ほな、もう時間ないけん、行くな」 「ちょっと待った!」  剛は被っていたキャップを取り、顔を隠しながらほんの一瞬キスをした。周囲を見渡したら誰もいなかったからいいものの、こんな隔てるものもないだだっ広い空間で、口元だけ隠してもなんら意味はないだろうに。ただ、剛は嬉しそうに笑っているので抗議する気が失せた。
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