中二病の些細な好奇心

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翌日。 登校すると岡本がいた。自席に座って何か本を読んでいた。普段なら僕もそのままスルーするのだが昨日のこともあったので「おはよう」とあいさつした。 岡本は僕の声に一瞬ビクッとした表情で僕を見上げると、コクっと頷いてまたその本に目を戻した。そういえばいつもこんな奴だった。 少し包帯が増えていた、いたましいが理由は知っているので以前ほどの嫌悪感はない。ただあの道を通らなくてもお兄さんに送ってもらっても良いのに、とは思った。 僕はさほど気にせずに、自分の席に戻る。友人の宮前がすでに僕の前の席で僕を待ってくれていた。 「どうだった?」 「何が?」 宮前がらんらんとした目で僕に聞く。僕はあえて知らないふりをしてみる。 「岡本の家にいったんだろ?綺麗な姉ちゃんいただろ?」 ああ、そうか思い出した。僕はこいつに、教えてもらったんだ。 「確かに綺麗だったな」 僕は彼の言葉に少し濁して返事したのだが彼は気をよくしたようで「だろ?」だなんてのたまっていた。なぜかちょっと得意げだったが僕はお兄さんの話は避けて違う話をしてみることにした。 「それ、新譜?」 僕が、宮前の持つCDへ指さすと宮前は機嫌よく答えた。多分こいつの好きなインディーズのバンドだろう。オルタナかなんだか知らないがジャケットが特徴的で 人の生首だったり後頭部から露出した脳だったり一言で言うと悪趣味だった。ただ、これをどこかでみたことがある。どこだったか。 「これ、好きなの?」 「うぉっ」 突然後ろに岡本が立っていた。めったに人の机の前に来ないやつなのだが何かあったのだろうかと思っていたがどうも宮前の持つCD自体に興味を持っていたのらしい。 「お、岡本も興味あるのか?」 宮前は自分の趣味を褒められたことに気をよくしたのか機嫌よく対応した。岡本は表情を変えず、ジャケットがいいねと応えた。そうだそうだと宮前は機嫌のままバンドの良さということをツラツラと話していた。 「こういうの好きなの?」 僕は岡本に聞く。ペラペラと気持ちよさそうに話をしている宮前を尻目に感情のない目を彼に向けていた。好きだといったわりにはどうも冷たい態度をしていたことに少し違和感を覚えたから。いや会話のとっかかりが欲しかっただけなのかもしれない。 「どっちかというと嫌い」 「え?」 それ以上は言わないで岡本は自分の席に戻っていった。岡本の腕には痣がみえた。僕の中の違和感はまだ体内で佇んでいた。 放課後。 バイトの宮前は急ぎ帰っていったので僕は一人取り残された。先生は近所で死体が発見されたらしいと言っていた、隣の中学校の女子生徒の死体。その死体は頭がかち割られて身体中いたるところに刺された跡があり怨恨説だったり愉快犯の説だったりする。一人で出歩かないようにだとかいろいろと釘を刺していたが僕は聞き流していた。 筋肉隆々の男が殺されていたのならともかく女子生徒などその辺の小学生でも殺そうと思えば殺せる。ナイフで人を指すよりも微分積分の方程式を解く方がよほど難しい。好き好んでうんこを触ろうとする人間が存在するかどうかである。好き好んで人を殺そうとするかどうか、ただそれだけの違い。 どうも、殺人というのをある意味神聖化しすぎているのではないか騒ぎ立てすぎではないかと僕は思う。厨二的思想といえばそれまでだが、世の中を騒がせた大量殺人鬼とかもだいたいは女子供をターゲットにしているだけでマスコミや大衆がヒーローかのごとく神聖化するほどの存在ではないと僕は勝手に思っているのだ。 僕は、そんなひねくれた思いを抱きながら自転車をこいて帰宅する。いつもより騒がしいのは恐らく殺人の現場である公園も少し東に行ったところにあるからだろう。そういえばヘリコプターも飛んでいる。空から殺人現場を撮影したところで何か意味があるのだろうか。まるでお祭りのようで少し気分が悪い。 いつもの道が少し賑わっていたので僕は、そこをあえて避けて違う道を通ることにした。あまり人込みは好きではないし変に何か聞かれても怖いという気持ちがあったから。 そういえばここ、昨日も通った。この道のずっと前に見える山。名前の知らない山で地元の僕もあまり足を踏み入れることはなかったのだがまさか同級生が住んでいるとは思わなかった。人が住めるような場所があるとは思えなかったのだ。あんな山道をかき分けていつも岡本は来ているのかと少し尊敬を覚えたが、どうも違和感がある。それがいったい何なのか正体はわからずもやもやとただ気持ち悪い思いだけが心に残っている。 「あ」 声が出た。そんなことを考えていたからか前に岡本が歩いていた。後姿はどうもトボトボとしているように思えた。遠目からもその擦り傷が見える、肌が白く半袖だからその傷が遠めでも見えて痛々しい。 「岡本」 声をかけると、クルリとこちらへ向いた。別にそこに感情はなかった。いつもこのとで僕はそれに関しては別にショックを受けなかった。 「何、どうしたの?」 迷惑そうな顔にも見えなくはない。それはそうだ、今まで僕と岡本は別に仲が良かったわけでもなくあまり交遊もない。昨日家に行ってお茶を飲んだだけ、なぜ今僕は声をかけたのだろうか。わからない。わからないけど、昨日抱いた違和感みたいなもやもやがここで声をかけなくては取り返しのつかないことになるという強迫概念じみた指令を感じていたから。 「あのさ、乗っていってよ」 という言葉が出た。放っておいたらいけないような気がしたのだ。それにしても自分で言っていてなんだが間抜けなセリフだ。 「は?」 岡本はじとりと僕をみつめていた。みつめていたというか睨んでいるというか得体のしれないものをみているかのような顔。そんな岡本の表情に僕は少し身震いをしてしまい必死でその感情を取り消す。 「いや、ほら、山道でまた傷つくじゃん。ほらあそこ自分で通ってみて痛いってわかったからさ、だから」 言葉が途切れ途切れになんか僕は言い訳をしているみたいだ。この会話に着地点を見出していないから、見切り発車で喋るからこんなことになる。ただ何か言わないといけないような気がしたから。 岡本はじっと不審げな表情で僕を見ていた。それはそうだ。もうこれは完全に変な奴に思われただろう。 「じゃあ、僕を家まで乗せてってくれる?」 岡本はじっと僕をみながら言った。僕はその言葉を聞いて驚いた。 「え?いいの?」 つい口にした言葉に、岡本もまた少し目を見開いて 「いいの?って僕の台詞なんだけど」 と苦笑いをしていた。 「いや僕は全然いいし、ていうかそのつもりだったんだ」 僕は岡本の言葉に便乗した。そうだ、ふと思いついただけの言葉だったが結構いい考えなのかもしれない。 「いや、でも自転車だとして僕の家遠回りしたら坂道ですごく遠いけど、代わる代わるとか、、」 少し身じろいだ。お兄さんの車に乗せてもらった時も道は広かったけど割と急なところもあった。でも一度言った以上後には引けない。 「大丈夫、岡本くらいなら余裕だよ、最近運動してなかったからちょうどいいや」 僕は強がった。 「そう?じゃあよろしく、運転手さん」 そう言って岡本はクスッと笑った。ドキッと胸が高鳴った。不覚にもキュンとしたのかもしれない。 「どうしたの?」 「いや、別に何もないよどうぞ」 僕は悟られまいと顔をそらした。僕は後ろに服を敷いた。岡本は「いやいやいいよと遠慮していたが押し切るかたちで僕の服を尻に敷いた。座席が固いからという気遣いもあったが、僕の服が岡本の小さな尻に敷かれているのをみて何か背徳感みたいなものがこみあげてくる。少し僕はおかしくなっているのかもしれない。 「岡本、軽い」 「そう?三好が力あるだけじゃない?」 こういわれて僕は少し嬉しくてスピードを上げた。なんだか力が湧いてきたかのように。全力で安全運転しながらも自転車を走らせた。色々と話もした。といってもたわいのない好きな本の話だとかそんな高校生によくある話だ。 同じクラスでありながら昨日以降の会話の合計より今日話しした時間の方が多いくらいだ。 30分くらいたってようやくついた。綺麗な洋風の家。僕はぜぇぜぇと息切れをしている。 「ついたよ、大丈夫だった?」 「ありがとう、僕は大丈夫だけど、三好の方がきつそうじゃない?」 僕は息が切れて喋るのも途切れ途切れだったから心配されるのも仕方がない。中学生の頃は運動部だったのだが、今はあまり身体を動かさないからこんなにもしんどくなるものだと思わなかった。
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