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「まぁちょうど運動になるからいいよ」
僕は言うと岡本は安心した表情になったので僕もほっとした。ガレージには車が止まっていた。お兄さんの車だ。
「お兄さん帰ってきてはるんだ、ちょっと昨日のお礼でもした方がいいかな」
本当はあまり顔を合わせたくはないが一応こういうお礼とかはしっかりしたほうがいいかと思ったのだが
「いや、兄ちゃんは今多分仕事して集中してるからやめたほうがいいよ、怒られる」
という岡本の言葉に僕は素直に従った。大義名分を得た気分になった。
「じゃあ、また明日」
僕が挨拶すると岡本も同じように挨拶してきた。少し達成感を得たような気がした、足が震えているがこういうのも悪くない。岡本に背を向けて帰ろうとしたもやもやした気持ちは薄れていくような気がしたのだが。
「あのさ」
「え?」
蚊の鳴くような声だった。岡本から聞こえた、気のせいかというほど薄い声だったがとっさに振り向く。岡本は、何か言っているような気がするが小さすぎて聞こえない。
「何、」
僕が彼に近づいて言いかけると
「また、明日からもお願いして良い?」
確かに聞こえた。え?と耳を疑った。30分以上人を乗せて坂道を自転車で登るのを、あした「から」?ということは明日以降も同じことをしろというのかと。すごく平然とした顔で言っていたから僕は驚いた。
確かに岡本は普通の人よりか小柄で軽いのだがそれでも結構キツイ。聞き間違いか?と思ったけども僕にも少し彼に対してうしろめたさを覚えていた。漠然とした罪悪感を抱いていた、その正体はわからないけど。だから、震える足や身体から訴えられる倦怠感を無視して
「いいよ別に」
と答えた。岡本は、破顔した笑顔で「ありがとう」と答えた。僕は心臓を殴られたような感覚を覚える。彼のこの笑顔は反則である。彼は男だというのに僕はドキドキとまるで恋心のように胸がときめいてしまう。多分これは運動の後の一時的な高揚感だったり脳が働いていないことによる勘違いか何かだと思う。ただ、僕はこれほど疲れることを明日から続けなければいけないはずなのだが 明日からの岡本との日々をすごく焦がれているのだ。
疲れているのかもしれない。僕はすぐに山を下りて帰路についた。
周囲ではパトカーと救急車の音がけたましく鳴っていたが、その日の僕はそれをあまり気にしなかった。
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