4人が本棚に入れています
本棚に追加
その日から僕はほぼ毎日岡本を家へ送っていた。
下手したら宮前よりもよく喋っているのかもしれない。
最初は大人しい奴だったが、学校のある日はほぼ毎日一緒に帰っていること
からお互い慣れるようになって段々と喋るようになった。世間話だったりテレビの話だったり漫画だったりちょっとした冗談だったり。
特にお兄さんの話をするときはすごく良い笑顔だった。どうやら有名な漫画家らしく僕も何回か名前を聞いたことがあるような有名な漫画で、特に宮前が面白いんだと話していた。主人公が、すごく悪い奴を拷問しながら殺害するだけの漫画。嫌な奴が残酷な死を迎える所が最高にスカっとするらしい。
漫画のことはチラっと語った程度だったからくわしくは聞いてはいないのだが。
そんな作品だから、商業誌の有名作品のようなメディアでスポットが当たるわけではないが、細々と個人サイトで書いていたものがネット界隈で火がつきいわゆるsmsでバズることで今は冊子化もし多大な収益を得ているとのこと。
何冊か、岡本の部屋でみかけた漫画だがどうもその時は食指が伸びなかった。
宮前がすすめるような漫画はたいていグロくて人がすぐ死ぬような漫画で、「簡単に主人公サイドが死ぬ作品は珍しいから面白い」とのことで、僕はその感覚がわからなく少し嫌悪感を抱いてしまったがそれを表に出すことはなく適当に彼をいなしていた。
だがあんな外車を買うくらいなのだから彼のお兄さんが儲かっているということと恐らく有名な漫画家であることは間違いないようだ。だからどうだという訳ではないが、お兄さんのことを自慢げに話す岡本を見ていると僕の心も洗われるようで気分が良い。
そうやってだんだんと岡本と話する機会が増えると、帰りだけではなく僕が自主的に迎えにいくこともあり一緒に学校へ来るようになった。別に僕が突然迎えにいったことで岡本は、お兄さんの話をするときのように表情を明るくするわけではないが、否定せず受け入れてくれるのでそれだけで僕は嬉しかった。
「最近岡本と仲が良いんだな」
ある日、僕が学校へ来るやいなや宮前は言った。
岡本と一緒に学校へ来るたびに周囲のクラスメイトはどうしたんだ?と聞いてきたりもしたが「仲いいからな俺ら」と言うとふーんと流されそれ以上はとくに盛り上がることもなく現状に至る。
岡本に関してはそんな僕らのやり取りを横目で流してスルーで自席に座り本を読みだした。興味がないみたいな顔をしていた。
だからもう終わったものだと思っていたのだこの話題が。岡本を送るようになって1か月くらいはたつ それを今更いじりだすのかと僕は思った。
「仲が良いわけじゃない、一緒に登下校してるだけだよたまに」
「めっちゃ仲いいじゃねぇか、なんか接点あんのか?」
宮前は鼻白んだ。いやこれは仲が良いというべきなのか、だって学校では相変わらず岡本は僕とほとんど目を合わせてくれない。これは仲が良いというよりかは単純に足として使われているだけなような気がする。
「べつに、いろいろあんだよ僕にも」
僕は強引に会話を切ろうとした。
「まぁどうせ美人のお姉さん狙いなんだろ、いいなぁ俺も合わせてくれよ」
面倒臭いことを言い出した。勘弁してくれと。なんとなくだがあの登下校の時間に第三者が介入することを口惜しく思う。もちろんそんな思いは僕だけで岡本はなんとも思っていないだろうけど。
「いたっ」
頭に何か当たる感覚がして振り向くと、岡本が顔を歪めながら顔を左右にそっと振っていた。床には消しゴムが転がっている、投げたのは岡本だ。否定しろという合図をしている。と多分思った。
「あれ、男だぞ」
というと、「はぁマジで!」と宮前は驚き僕がマジだと言うとそれ以上の追及はやめて崩れ落ちるように自分の席に座り込んだ。もう一度岡本の方へ顔を向けると満足そうにうなずいていたので僕はほっとした。これで良かったんだなと。岡本も第三者へ入ってほしくないんだということなのだろうか。もしそうだとしたら僕と同じ気持ちなんだと認識するとすごく嬉しく思う。
そんなことを思う僕は、どうも岡本に調子が狂わされているような気がした。
宮前もわざわざ岡本の話題をひっぱりだしてきたわりにはそこまで興味もなかったみたいで僕に合わせてそれ以上このお題で会話することはなく違う話に移った。
「犯人ってどんなやつだろうな」
「はぁ?」
突然の展話に僕は一瞬戸惑ったがすぐにわかった。この時期この地域でいやこの国で「犯人」という言葉を聞いてピンと思いつくのは大衆推理小説の犯人だとか人気サスペンスドラマでもなくて、この町で起こっている連続殺人事件の話だ。現実が、創作を凌駕している。3日前に、中学生の死体が見つかった。
その小さな身体に200か所以上の刺し傷が残っていたという、聞いているだけで身震いがする。恐らく死ぬまでに壮絶な恐怖や痛みを覚えたのだと思う、他人事ではありながら嫌悪感自体は覚えていた。
その犯人と、胸糞悪い事件を嬉しそうに話のタネにするような輩にも。ただ、そう思いながらも結局周囲に迎合する自分も同じ貉である。
「成功者とは言えないような輩が自分より弱い者を甚振って殺すことで、ちっぽけな自尊心や性癖を満たしているクズ」
「えぇ・・・実は結構な美少女が犯人とかだったりさ」
「サイコパスという言葉の響きだけで勘違いした馬鹿」
人を殺すことはいけない戦争はいけないと言いながら、嬉しそうに戦国時代の戦法などを嬉しそうに語ったり凄惨な殺人スプラッタードラマや映画を芸術かのごとく崇め称えて。世間が一枚岩ではないこと自体心の中では承知済みではあるがそれでも納得できないものを僕は抱いていた。
「もしかしたら、身近にいるやつなのかもしれないぞ」
「そうだな、弱そうな奴をいじめるような糞野郎をみかけたらぶんなぐるようにするよ」
「切り裂きジャックって何で捕まらなかったんだと思う?」
「は?」
突然の話の転換に一瞬ついていけなかった。何を言っているんだ?だが妙に真剣な表情をしているからはぐらかすことはできずそのままこいつの話に乗った。
「イギリスの、連続殺人事件のことか。名前くらいはしってるよ。5人の娼婦が殺されたっていう」
「そうだ、容疑者は何人かいたんだが結局有力な証拠は見つからず謎のままだ。それでな、この100年で色々な説が産まれてな、そのうちのひとつがこれだ、実は切り裂きジャックは女だった説」
「はぁ」
「反応が薄いな、いいか。先入観にとらわれていたんだよ。ジャックという名前に、被害者が全員娼婦だったってことからいつの間にか犯人が男だという先入観に駆られて報道されて、警察官はそれに錯乱され捜査が混乱した。そういう説らしい」
「そうかい、じゃあ今回の事件もそうだってこと?」
「別にそうとは言わないけどさ、いつの時代も大衆は過熱報道に乗せられるもんだ」
「そういうもんかね、大衆が過激を求めているから報道もそれに応えてるってわけではないのか」
「卵が先か鶏が先か、それは知らんが。まぁ僕らにできるのは夜道に気をつけろってわけだな」
「そんな悪役の手先みたいな」
でも実際そうだ。こうして殺人事件が起きている世間で僕らみたいな大衆ができるのは犯人を推理することでも逮捕することでもなく自分が狙われないようにすることだ。
一瞬だけ、岡本が誰かに殺されそうになる光景が頭の中で浮かんだ。背筋がぞっと凍りつき喉から込み上げそうになった。どうしてここで岡本を思い出してしまうのだろう。前を向くと、岡本と目が合った。僕はとっさに目を反らした、その理由はわからなかった。
最初のコメントを投稿しよう!