【前編】

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*  ――よもや、『魔性』とはねえ……?  ワーズに言われた言葉を反芻しては、笑いが込み上げてくる。  俺は、ただ単に自分の欲望に忠実なだけなのに……それが『魔性』とは恐れ入るではないか。ちゃんちゃら可笑しくてヘソで茶が沸かせるわ。  とはいえ、そんな俺に引っ掛かる男が居る以上は、あながち間違ってもいないのかもしれない。  こういう時に、普通の人間の取る行動は二つ。――関わり合いにならないように避けるか、好奇心ムンムンで近付いてくるか。  …まあレアケースとして、ワーズのように“以前と何も変わらない”というパターンもあるが、とりあえずそれは置いておいて。  これまでは、何かというとそのテの輩からコナかけられたりしていたものだったが、もうそれもめっきり減った。とりあえず自衛のためにも、入ったばかりの場所では猫を被っているのが普通だったから、周囲の騎士たちから俺は、それはそれは儚げな美青年に見えていたことだろう。コナはかけてきつつも、俺に秋波を向ける者同士、お互いに牽制し合ってもいたようで、ここ一月の間、珍しく誰の相手をさせられることもなくイイコちゃんで過ごせていたのだ。  そんな俺が団長の小姓に抜擢されてしまった時は、まさに過言でなく、全団員が涙したね。――ワーズとか少数派は除いてだけど。  あの団長にヤられちゃうのかー…という、同情とか憐憫とかいうよりはむしろ団長に対しての羨望の眼差しが、つい最近まで全身に突き刺さってきていたというのに。  それが今や『魔性』とまで呼ばれることになり、そのうえ、あの団長に“突っ込んだ”という事実までもが広められてしまえば、儚げな俺のイメージなんざ、えっらい勢いで地に落ちてくれたことだろう。  誰だって、突っ込まれるかもしれない危険を冒してまで、俺を欲しいとは思わないよな。  だから、今の俺にコナかけてくる男なんて、ロクでもないヤツしかいない。――好奇心は猫をも殺す、という諺を知らないだろう馬鹿ばっかり。  そんな相手に、もはや俺がイイコちゃんで接してやる必要も無いだろう。
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