【前編】

28/45

160人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
「――何があったら……あんなもん持てるのかね、所詮は貴族のお坊っちゃんが、さ……」  無意識に口に出して呟いていた自分に気付き、ハッと我に返った。 「べっ…別に、知りたくもねーし! そんなことっ!」  自分一人しか居ないというのに咄嗟にうろたえて、またそんな呟きまで洩らしてしまう。  おもむろに寝そべっていた寝台の上で、ゴロンと寝返りを打ち、身体の向きを変えてみた。  そこで、かさりと手にしていた紙の束が小さく音を立てる。 「どーすっかなあ、これ……」  持っていたそれを目の高さに掲げてみて、深く一つタメ息。 「ヤだなあ……わざわざ持って行きたくねえなあ、アイツのところへなんか……」  再びタメ息を吐こうとしたところで、いきなりバンと音を立てて部屋の扉が開く。 「――あ、やっぱり部屋にいた」  入ってきたのはワーズだった。  ヤツは、入ってくるなり寝転がる俺の目の前まで歩み寄ってくると、「何やってんの」と、呆れたように俺を見下ろした。 「副団長から伝言だよ。――『反省文はまだか? 待っててやるから早く持って来い!』、以上」 「…………」  改めて俺は、行きたくねえなあ…と呟くと、タメ息吐き吐き、ようやく重い身体を起こしたのだった。  ――そりゃーね……衆人環視のもとで発された上官への暴言が、訓練相手になっていただくことのみでチャラになるワケもないですよねー……。  というわけで、当の副団長本人より、『反省文十枚、今日中に!』というお仕置きが下されていた。  それで、部屋に籠って反省しているように見える文章などを一人でシコシコ書き連ねていたのだが。  書き終わっても、どうしても副団長のもとへ赴くのが億劫で億劫で億劫で億劫で……こうなったら、『持って行ったら既に副団長はお帰りになってましたので』くらいな言い訳かまして明日に持ち越してやろうかと、そんなことまで考えていたというのに。  ――よりにもよって、刺客がワーズか……。  同室の彼に『まだ書き終わってない』とかいう言い訳は通じないだろうし、現に書き終えた紙束を見られてるし、副団長に心酔していると言ってもいいヤツがその命令を遂行しないハズもなく、ぐずぐずしていたら寝台から蹴り落とされそうな雰囲気だった。  だから、とりあえず部屋を出て、のろのろと副団長の執務室まで向かっているところ、なのだが……。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

160人が本棚に入れています
本棚に追加