160人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
いざ執務室の扉を目の前にしても、それをノックするのが憚られた。
――やっぱ、帰ろうかな……。
そうだ、『執務室まで行ったんですがお留守のようでしたので』くらいの言い訳なら許されるだろう。そうだろう。そうに違いない。
無理やり自分を納得させて、そして元来た方向へと踵を返した俺の目の前を、何か大きな影が塞いだ。
――げ……!
「どこへ行くつもりだ? セルマ」
俺の行く手を遮るように立ち塞がっていたのは、いま最も会いたくない張本人――アレクセイ・ファランドルフ副団長、だった。
「いや……あの、お留守のようでしたので……」
「ほう? ノックもせずに、よく留守だとわかったな」
「…………」
――バレてるし……どこから見てたんだよ、この男……!
「まあいい、とにかく入れ」
呆れたように言いながら、副団長は執務室の扉を開いた。
慌てて俺は、「いえ、これ出しに来ただけなのですぐ帰ります!」と、副団長の目の前に突き出さんばかりに反省文の束を差し出す。
「それは中で受け取ろう。ついでに、おまえに話もあるしな。とりあえずゆっくりしていけ」
――話とか……なに言われるかわからない分、余計にイヤだわ。
などと言えるはずもなく、黙りこくっているだけの俺に、再び降ってくる、この言葉。
「今は私しか居ないが、茶菓子くらいは出してやるぞ」
――って、どこまでも子供扱いかコノヤロウ……!
即座にムキーッと頭に血を上らせてしまった俺が、そうなれば当然、売られたケンカを買ってしまう性分を発揮しないワケはなく。
気付いたら「お邪魔しますっ!」と、執務室の扉をくぐってしまっていた後だった。
あ、やべえ、と思った時には既に目の前に菓子が出されていて、ホントどうしよう俺どうしようと、ただ困った。
本当に……なんでコイツに、こんなにまで自分のペース乱されなきゃなんないんだろう―――。
最初のコメントを投稿しよう!