【前編】

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 意外にも副団長は、武官のクセして、お茶を淹れるのまで上手かった。――さすが貴族のお坊っちゃん、なんてお上品な。  執務室の中にある応接セットに座らされた俺は、慣れた手つきで茶碗にお茶が注がれる様を、そんなことを考えつつ、ただボーッと眺めていた。  一応は遠慮もしてみたのだが、「私も飲みたいから付き合え」とまで言われてしまえば仕方ない。  やがて目の前に差し出されてきた茶碗からは、かぐわしい香りと湯気が立ち上っている。 「淹れたのは私だが、茶葉の配合は知人に頼んだからな。結構いけるぞ」 「はあ……」  向かいの椅子に腰を下ろした副団長へ、曖昧に返事を返し、とりあえず「じゃ、いただきます」と、茶碗を取る。 「ああ、ホントだ。美味いですね」  口をつけるなり広がった、想像していた以上の深い味わいに、少しだけ驚く。  見てた限り淹れ方はそう悪くなかったし、そこまで不味くはないだろう、くらいに構えていたが……これは、よっぽど茶葉が良いか配合の仕方が良いか、どっちかじゃなかろうか。――いや、天下のファランドルフ家御用達のものなら、その両方っていう可能性はあるな。 「こんなに美味いお茶なんて、久しぶりだ……」 「なかなか詳しそうだな」 「それほどじゃないですよ。母がお茶好きで、しょっちゅう飲まされてたもんで、それで味もわかるようになった、っていうか……」 「裕福な家庭に育ったのだな」  言われてハッと息を飲んだ。  ――そうだ……そうだったよ、お茶なんてもんは、庶民には手の出せない、貴族の道楽なんだった……!  微かに震えてしまった手を誤魔化すように、「そうなんでしょうね」と、何事でもないように言葉を被せた。 「あいにくと母子家庭だったんで、暮らし向きは、そこまで裕福ではなかったんですが。母の実家だかどこだかが金持ちだったみたいですよ。それで茶が手に入ってたんじゃないでしょうか。俺は子供だったので、よく知りませんが」  上手く誤魔化せただろうか? ――内心ドキドキしながら、しかし表情には出さないように押し隠して、何事でもないように視線を伏せる。  ゆっくりと、手の中の茶碗を、卓上の受け皿に戻した。  しかし、それでもまだ、顔を上げて真正面から副団長を見ることは出来なかった。
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