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「あ、この菓子! 美味そうなんで、いただきます!」
思い出したように言いながら、話題を逸らすべく、置いた茶碗のすぐ横にある焼き菓子に手を伸ばそうとして……しかし、その手は空中で止まる。
「――隠すことはないだろう」
そんな言葉が、頭の向こうから聞こえてきたから―――。
「そこまで自分の出自を隠したいのか?」
どくん、どくん、と……心臓が、大きく波打つ。
どうしても視線が、上げられない。
固まるしか出来ない俺の身体を、副団長の低い声が貫く。
「おまえこそ名門家の一員だろうに。エイス・セルマ――いや、エイシェル・セルマ・シュバルティエ」
「――人違いですっっ!!」
叫んで食い気味にそれを投げ付けるや、途端に俺は立ち上がる。
そのまま踵を返し、全力で部屋から逃げ出そうとした。
しかし、その腕が掴まれ、引き戻される。
前方に向けていた全ての勢いが、そのまま反動で背後に働く。
身体が後ろに傾いだ――と思ったら、背中を何か大きなものに受け止められたのを感じた。
気が付けば俺の身体は、副団長の腕の中にすっぽりと包まれてしまっていた。
「まったく……本当に落ち着きがないな、おまえは」
タメ息と共に、そんな声が耳の後ろから聞こえてくる。
しかし、俺を抱えているその両腕は、一向に緩む気配が無い。
「人の話くらい、黙って最後まで聞けないのか」
「――聞きたくありません」
「セルマ……」
「放してください」
「だから……」
「いいから、放せ!」
思わず相手が上官だということもフッ飛び、苛々に任せて、つい怒鳴り付けてしまった。
「だめだ。放したら、また逃げる気だろう?」
しかし平然と、そんな言葉が返される。腕は相変わらず緩めてくれないままに。
もう、どうすればいいのかわからなくなって、我知らず唇を噛み締めていた。
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