【前編】

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 十六歳で母が亡くなったことを契機に、生きていくために俺は、軍へ入ることにした。  もともと剣術は得意だったし、それを生かすべく――というよりは、選べる道がこれしか無かった。若干十六歳という身上では、他の手段で生計を立てることを考える方が難しかった。  それに何より、シュバルティエ家から金銭的な援助を受けて生活しなければならないのが嫌だったのだ。母がいた時は仕方がないと思っていたが、一人になってまで、生活の一切の面倒をシュバルティエ家に頼らなければならないなんて、考えただけでも吐き気がする。だからといって、父方に引き取られるハメになるのも、もっとゴメンだった。  そこで、母の葬儀を済ませた後、誰にも見つからないよう、一人こっそりと逃げたのだ。  その足で、軍に入った。  身元を隠すため、呼び名だった『エイス』と、母方の姓である『セルマ』、――『エイス・セルマ』の名で軍には登録した。  どちらもさして珍しくもない名前だから、絶対にバレないと思った。  案の定、誰からも不審に思われることもなく、ただの平民のエイス・セルマとして、ここまで上手く立ち回って生きてきた。  シュバルティエの人間に見つけ出されることもなく、ようやく逃げ切れたと安心してた。――それなのに……! 「――どういうつもりなんだ……!」  震える唇が、言葉を吐き出す。 「なんで今さら、俺のことなんて掘り起こすんだ……! どうして放っておいてくれない……!」 「おまえのことを知りたかったからだ」 「え……?」 「おまえは……調べても、全く何も見せないな」  驚いて、すぐ背後を振り返る。 「シュバルティエ側から頼まれたとか、じゃ、ないの、か……?」 「そんな頼まれごとなんざ無い」 「なら、どうして……?」  そこで、ようやく俺が話を聞く気になったと思ったのだろうか、身体を拘束していた腕が緩み、「とりあえずこっちを向け」と、向かい合わせになるよう身体の向きを直されて座らされた。
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