【前編】

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 俺が欲しい、なんぞとほざく男は、間違いなく俺の身体目当てだった。男色を好まない副団長が、そんなもの望むはずもない。  ――だったら、俺に何を望む……? 「私は、有能な部下を求めているんだ」  きっぱりと、副団長はそれを告げた。どこまでも真剣な瞳で、俺のことを見据えながら。 「今はまだ、詳しい事情は明かせないが……何があっても私を信頼し、手足となるべく従ってくれる、忠実な部下が要る。どうしても」 「部下、ねえ……? そんなもの、副団長からしてみれば、この近衛騎士団にいる騎士全員が、既にあんたの忠実な部下だと思うけど?」 「騎士団に属する全ての部下が信頼できる者であるか否かは、また別の話だ。秘密を守るためにも、人材は少数でいい。だからこそ、有能な者が必要なんだ」  おもむろに、副団長の手が伸ばされて、俺の腕を掴む。痛いくらいに。 「そして最も切実に探しているのは、私の右腕となれるべき人間。――セルマ、私はそれをおまえにと望んでいる」 「は……?」  あまりにも意外な言葉を耳にして、そんな間抜けな声を上げたまま硬直する。  ――ちょっと待て……いま何て言ったコイツ……? 「おまえは強い。そして頭もいい。自分で考えて場に応じた判断が出来る人間だ。だから興味を持った。何とかおまえを私の手元に置くことは出来ないものかと」  呆けてる俺のことなど置き去りに、流れるように紡がれる言葉。 「これでも人を見る目はあると自負しているんだ。大抵は、その人間を見ていれば、どうすればこちらを信頼させることができるのか、どう動けばこちらに抱き込めるのか、それが分かってくるものだ。それでも分からない時は、徹底的に調べさせればいい。経歴と過去を遡って調べれば、大抵のことは見えてくる。――なのに……おまえは、それでも分からない。分かったのは、本当の出自と名前だけだ。そんなものは、どうでもいいのに」  話しながら、どんどん副団長の瞳が俺に近づいてくる。  でも、逸らせない。その濃い焦茶色の瞳に、吸い込まれてしまいそうになる。
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