【前編】

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「おまえは強いからな。剣の腕だけの話ではなくて、その心が。何があろうと凛と顔を上げて真っ直ぐに己の道を突き進める意志の強さがある。見ていればわかる、そんなこと。――なかなか居ない、そこまでの人間なんて。そういう者にこそ、信頼を預けるに足るとは思わないか」  でも、副団長の言葉はまだ続いている。 「確かに、おまえは口は悪いし、態度も横柄だし、性格なぞ大雑把きわまりないし、やることも大胆すぎるから誤解を招き易い性格ではあるが。それでも、身近な人間からは好かれているだろう? ワーズも何だかんだ文句を言うわりには、おまえを嫌っていないことがよくわかるしな。魅力ある人間は、自然に友人を惹き付けるものだ。そういう人間こそ、慕ってくれる友を決して裏切らない。それは主と決めた者に対しても同じだろう。その忠誠を、私は自分に向けて欲しいと願ったんだ」  言われるたびに……なんだろう、だんだんと頬が熱くなってゆく。気持ちも落ち着かなくなってゆく。  ――嬉しいと、素直に思える。  副団長は、本当に本心から、人間としての俺を認めてくれているんだ、と……それが素直に嬉しく思えた。  でも、それを自分自身で認めたくないと思ってしまうくらいには、いささか俺は天の邪鬼すぎて。  だって、これまでの俺は一度として、そういう“自分自身”というものを誰かに見てもらえたことが無かったから……大抵の人間は、俺の外見しか見ていなかったし、俺に求めるものは常に身体だけだったのだ。自分をそういう目で見ない人間がこの世に存在するなんて、考えたこともなかったのだから、にわかには信じられないのも当たり前じゃないか。  初めて自分の中に湧き起こった感情を、素直に認めることなんて出来ない。認めたくなんてない。  そんなだから、つい思ってもない言葉が、どこまでも矛盾して、ふいにぽろりと口から飛び出していた。 「――どうせアンタは、俺のことなんて抱けもしないくせに……」 「なんだ、おまえは私に抱かれたかったのか?」  訊き返されて、そこでハッと我に返る。  即座に自分が口に出してしまった言葉を反芻して認識して、途端カーッと頬に血が集まった。――ヤバイ、いま俺ちょー赤面してるかも……!
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