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「もともとは貴族の慣習なんだけどね。自分の愛用の飾り紐――つまり髪を結うための紐なんだけど、それを贈る、っていうのは」
「そういや、貴族はみんな長髪だもんな。髪とめるのに飾り紐、よく使ってるよな」
「うん、でも軍では大抵が短髪だから、飾り紐なんて、ちょっとしたアクセサリー代わりにしか使われないでしょ。それでも貴族の慣習に倣って、そういう紐を贈って相手に身に付けてもらう、っていうこと自体に、意味を持たせていて」
「ふうん、どんな?」
「平たく言うと……マーキング? 『コイツは俺のだから手ェ出すな』っていう」
途端、ぶーっっ!! と、今度は俺が、飲んでいた水を盛大に吹き出した。
――“虫除け”って、そういう意味かあんちくしょう……!!
確かに昨日、『おまえが欲しい』という要望は聞いたよ、聞きましたけどっ!
だけど俺がいつ、アンタのものになるよ、なんていう好意的な返事を返したか、っつーんだよ! 言ってねえよ、ひとっこともっっ!
「セルマ……なんだか心当たりありそうだね……」
「無いっっ!! 断じて無いっっ!!」
言いながら、こんなもの付けててたまるか! と、結び目を解こうとするも、ナニゲに固くて小さくて、片手じゃ全く上手くいかない。
「ちくしょう……ワーズ、ナイフ貸せ」
「は……?」
「切る! もう切る! すぐ切る! 叩っ切ってやる、こんなもんっ!」
「わあああああそれダメだってば落ち着けセルマ!」
おそらくナイフが忍ばせられているだろうワーズの懐あたりをごそごそ探ってやるが、いつになく頑として抵抗される。
それどころか、その手をガッとばかりに掴まれ押さえ付けられてしまった。そのうえグラッドまでもが、正面から身を乗り出してきて逆の手までを押さえてくる。
「なんだよ二人して、放しやがれ!」
「贈られて一度でも身に付けた紐は、切ったりしちゃダメなんだよ! 縁起が悪いの!」
「どうしても外したいなら、本人に解いてもらわなきゃダメなんだって!」
「知るか、そんなもん!」
「頼むから! 副団長の機嫌が悪くなったら、ホント恐ろしいから!」
「お願いだから、それだけはやめてあげてっ!」
「―――っ!!」
あまりにも必死で切実な二人の様子に、この怒りのやり場の持っていきようが無くなって、仕方なく俺は、おもむろにガタンと音を立てて席を立った。
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