【前編】

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「もともとは貴族の慣習なんだけどね。自分の愛用の飾り紐――つまり髪を結うための紐なんだけど、それを贈る、っていうのは」 「そういや、貴族はみんな長髪だもんな。髪とめるのに飾り紐、よく使ってるよな」 「うん、でも軍では大抵が短髪だから、飾り紐なんて、ちょっとしたアクセサリー代わりにしか使われないでしょ。それでも貴族の慣習に倣って、そういう紐を贈って相手に身に付けてもらう、っていうこと自体に、意味を持たせていて」 「ふうん、どんな?」 「平たく言うと……マーキング? 『コイツは俺のだから手ェ出すな』っていう」  途端、ぶーっっ!! と、今度は俺が、飲んでいた水を盛大に吹き出した。  ――“虫除け”って、そういう意味かあんちくしょう……!!  確かに昨日、『おまえが欲しい』という要望は聞いたよ、聞きましたけどっ!  だけど俺がいつ、アンタのものになるよ、なんていう好意的な返事を返したか、っつーんだよ! 言ってねえよ、ひとっこともっっ! 「セルマ……なんだか心当たりありそうだね……」 「無いっっ!! 断じて無いっっ!!」  言いながら、こんなもの付けててたまるか! と、結び目を解こうとするも、ナニゲに固くて小さくて、片手じゃ全く上手くいかない。 「ちくしょう……ワーズ、ナイフ貸せ」 「は……?」 「切る! もう切る! すぐ切る! 叩っ切ってやる、こんなもんっ!」 「わあああああそれダメだってば落ち着けセルマ!」  おそらくナイフが忍ばせられているだろうワーズの懐あたりをごそごそ探ってやるが、いつになく頑として抵抗される。  それどころか、その手をガッとばかりに掴まれ押さえ付けられてしまった。そのうえグラッドまでもが、正面から身を乗り出してきて逆の手までを押さえてくる。 「なんだよ二人して、放しやがれ!」 「贈られて一度でも身に付けた紐は、切ったりしちゃダメなんだよ! 縁起が悪いの!」 「どうしても外したいなら、本人に解いてもらわなきゃダメなんだって!」 「知るか、そんなもん!」 「頼むから! 副団長の機嫌が悪くなったら、ホント恐ろしいから!」 「お願いだから、それだけはやめてあげてっ!」 「―――っ!!」  あまりにも必死で切実な二人の様子に、この怒りのやり場の持っていきようが無くなって、仕方なく俺は、おもむろにガタンと音を立てて席を立った。
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