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「はい、消毒終わったよ」
「おう、ありがとさん」
そうして消毒液の瓶の蓋を捻って閉めながら、「でも良かったじゃない」と、立ち上がったワーズが寝台に座る俺を見下ろした。
「夏至祭の夜会に出られるんでしょ? いいなあ」
「――よくないわチクショウ」
「だって、どうせ僕らなんて、参加できてもいいとこ夜会の警備くらいだよ? それだったら華やかな会場で美味い御馳走を食べられる方が、断然いいに決まってるじゃない?」
「慣れねー場所で、有象無象どもにジロジロ見られて、そんなんで美味い飯なんて堪能できるか! 俺は警備の方がまだマシだね」
「そんなもんかなあ……?」
「所詮そんなもんだろ、夢なんて見るもんじゃねーよ」
「ささやかな平民の夢くらい、壊さないで欲しいなあ……」
そうワーズが苦笑したと同時、部屋の扉が開かれる。
「――あ! いたいた、セルマ!」
入ってくるや、そう俺へと駆け寄ってきたのはグラッドだ。
「聞いたよー、なんかセルマ、シュバルティエのお坊ちゃまだったんだって? 琥珀の耳飾りしてる、って聞いたけど……うわー、ホントに琥珀してる! 耳、見せて見せてー!」
そんなことを言いながら、まるで飛び付かんばかりにして俺の耳へとグラッドが顔を寄せてくる。
――ホントに……グラッドといいワーズといい、こいつらの態度は安心するな……。
部屋に戻ってくるまで、すごく視線が痛かったけど、しかし誰もが俺を遠巻きにしているのが、ひしひしと感じられて……こちらが望む望まないに関わらず、もう元のような気安い間柄には戻れないんだろうな、という、それだけは否応も無く理解できてしまったのだ。
でもコイツらには、そういう気配が微塵も感じられない。
それが、素直に嬉しかった。
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